湘南ベルマーレ20周年記念コラム「志緑天に通ず」

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コロナ ウイルスの影響で誰もが想像だに出来なかった日々を送り、
街は多くの悲しみや、怒りに支配されている。
地域に支えられ、人々に生かされてきたクラブとしては、少しでも笑顔を生み出さなければという焦燥感に追いかけられている。

そんな日々、ふと思い出した。
私たちが悲しみと苦難に支配されていたあの20年前、多くの笑顔と汗で消滅しかけたクラブに手を差し伸べてくれた皆さんを。

これからの困難と長く続くであろうコロナとの闘いの起点に、そして20年前の皆さんからのエールを再確認し、その想いを勇気に変えるために、このコラムを追記し再掲載します。

笑顔溢れる湘南を1日も早く。
   
湘南ベルマーレ 代表取締役会長 眞壁 潔



2020.05.02

湘南ベルマーレ20周年記念コラム「志緑天に通ず」第4回

※EPISODE-Ⅲはこちら

EPISODE-Ⅳ TANIMACHI
2000 Departure

episode4-1

中田英寿がベルマーレのスポンサーになることが発表された後、クラブには次々と新戦力がはせ参じた。
アトランタ五輪の“マイアミの奇跡”を生んだ戦士たち--ベルマーレと同じく自らのサッカー人生の再生を期し、湘南にやってきた前園真聖。一度はサッカーから離れようとしていたが、湘南でもう一度ピッチに立つことを決意した白井博幸。練習日初日、突然大神のグラウンドに現れ、その場で戦力となることをプレーで証明して契約することとなった松原良香。彼らは加藤の情熱に引き寄せられた才能ある面々だ。
小雪のちらつく1月下旬、チームは「復帰」という大きなテーマを持って始動した。

前園の入団発表を終え、チームも始動し何日か経ったある日。小長谷が珍しく2人で飲もうと誘ってきた。
「眞壁、車で帰るんでしょ。俺も乗っけてってよ。たまにゃ銀座あたりで一緒に飲もうよ」

そういえば、平塚では支援者やスポンサーの店ばかり紹介して飲んでいた。チームの再建業務も一区切りついた今、たまには小長谷もベルマーレと距離を置いたところで飲みたのかなと察し、同行することにした。

首都高3号線も午後7時を過ぎるとスムーズだ。青山トンネルに差し掛かったところで、このまま谷町ジャンクションを左に行って霞が関で出るかと思いを巡らせていると、助手席でうとうとしていた小長谷が突然呟いた。

「これでよかったのかな?」
「え?何がですか」
「ベルマーレは、本当にこれでよかったのかなって思ってんだ」

私は意外な言葉に慌てて答えた。
「いいに決まってるじゃないですか。久さんが来てくれて、ヒデが応援してくれて、ゾノまで来たじゃないですか。小長谷さんが来てくれなかったら、僕たちだけじゃ何もできなかったですから」
「そう」とだけ答えると、小長谷はしばらく黙り込んだ。彼の視線は六本木のROLEXの看板あたりをさまよっている。
「わかんねんだよな、本当のところは。精一杯やったからって必ずうまくいくわけじゃないんだよな、この世界は」
そう言うと、彼はまたうとうとしだした。

その声に何と声をかけたらいいのか戸惑った。
「精一杯」彼の一言が、この一年のさまざまな人々の表情を思い起こさせた。スタジアムでボランティアとして働くスタッフの汗だくの顔、苦闘のスコアに涙するサポーター、子どもが通うサッカースクールの存続を心配するお母さん、舟平のテーブルを囲んだ同志の真剣な眼差し、存続検討委員会の罵声……、そんな人々の思いを胸に小長谷と出会った。
何を聞かれても「よくわからない」としか答えられない私たちが唯一訴えられたのは、そんな皆さんから託された「精一杯」だった。そんな思いに男気を感じてくれた彼もまた、「精一杯」に走りまわった。
ひとりひとりの「精一杯」がいつの間にか大きな希望の波を起こし、その波が前進し、ここまで辿り着いた。

確かにうまくはいかないかもしれない。しかし、多くの人々の「精一杯」がベルマーレというクラブを消滅から救い、新たな夢を育てようとしている。
湘南ベルマーレとは、クラブを守ろうとした多くの人の財産だ。社長はクラブに対して献身的な人々と接するにつけて、何とかこの人たちに「うまくいくこと」で恩返ししたい。そう考えているのだろう。
しかし、勝負の世界では、そう簡単には結果は出ないこともまた事実だ。
そう考えると、大切なのは「うまくいくこと」ではなく、常に周りの人の「精一杯」に応えようとするクラブであることだと、私は思った。

再スタートを切ったこのクラブがいつか試練に直面するとき、私たちはこの「精一杯」という気持ちを持ち続けていられるだろうか。
親会社を持つことなく存続の道を切り開いたベルマーレの前途は、決して楽なものではない。この多くの思いで支えられたベルマーレという財産を、果たして永遠に子どもたちへとバトンタッチし続けていくことができるだろうか?
その答えは、新たなに迎えるシーズンがもたらしてくれるだろう。今はすべてを信じるしかない。

目の前に、谷町ジャンクションが迫っていた。
ハンドルを左に切り、環状線に合流しながら助手席に話しかける。
「男・小長谷、精一杯やったじゃないですか。社長じゃなければできなかったですよ」
感謝の気持ちを込めてそう言いつつ、自らに言い聞かせた。
「信じて走るのみ。精一杯信じて走るのみ。どのクラブも持ち得ない財産を、僕らは持っているんだから」

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※EPISODE-Ⅴはこちら

※このコラムは2004年に発行された湘南ベルマーレクラブ10年史に「インサイドストーリー:フジタ撤退から湘南ベルマーレ蘇生までの真相(眞壁潔著)」として掲載されたものです。EPISODE-Ⅴからは新たに書き下ろしされます