生まれ育った兵庫県淡路島の小学校は、同学年が10数人で、サッカーをやっていたのは僕だけでした。
3、4校が集まったチームに入り、週1回ヴィッセル神戸のスクールに通っていた。
中学に上がり、神戸U-15に入ると、バスと電車を乗り継いで1時間半ぐらいかかるので、週3日の練習にはほぼ毎回遅れていましたね。
土日は親に車で送ってもらっていました。
淡路島から神戸に橋を渡るだけでけっこう高いんですよ。
しかも大阪とか滋賀とか遠い場所で試合があるので、お金も時間もかかるし、これはプロにならなあかんやろなあって、中学生ながらに思うところはありました。
父がサッカーに厳しかったので、試合の帰りの車がすごく嫌でしたね。
プレーがよかったらなにも言わないですけど、よくなかったときはめっちゃ怒られる。
そう、だから石橋(瀬凪)ともそういう話はようしますね。
あの車の時間イヤやったなって(笑)。
父は俺が生まれる前から癌で、プロ2年目の19歳のときに亡くなりました。
けっこう重い癌やったんで、それだけ生きたのは奇跡らしいです。
体調に波があって、試合を観に来ないときもありました。
でも母がビデオを撮っていたので、それを見て後日言われるんです(笑)。
そんなことがありましたね。
神戸のU-18 からトップチームに昇格し、1年目にJリーグで点を決めることができたので、それを父に見せられたのはよかったです。
振り返れば、厳しくしてくれたことがよかったですね。
父はサッカーの経験はないんですけど、本を買ったり、俺のためにすごく勉強していた。
めっちゃ厳しかったけど、愛はありました。
前所属のハーツ(ハート・オブ・ミドロシアンFC/スコットランド)では、怪我が多かったこともあり、思い描いていたような活躍はできませんでした。
日本でもう1回やりたいという思いが強くなり、そんなときに湘南が声をかけてくれた。
僕としては湘南が拾ってくれたと思っています。
去年3月に加入して、とくに守備の面は成長できたと思います。
同じFWの(鈴木)章斗や(福田)翔生くんが練習でも試合でもハードワークしているのを見て、これぐらい守備もやらなければいけないとすごく感じました。
まだまだですけど、試合を重ねるにつれて身体に染みついてきたと思います。
でも、なにより去年はチームを降格させてしまい、怪我もしてしまった。
悔しいし、不甲斐ないし、申し訳なかった。
福岡戦で負傷し、降格が決まったときに、シーズンを通してもっとチームに貢献したかったと強く思いました。
だから今季はしぬ気でチームをJ1に上げなあかんと思っています。
徹さん(長澤監督)にも「もう怪我するなよ」ってコンディションの面を言われている。
メディカルの周さん(島田周輔、理学療法士)がメニューをつくってくれたり、付きっきりでケアしてくれているので、トレーナー陣にも感謝ですね。
昇格するためには目の前の1試合1試合が大事です。
全力を注ぐことしか考えていないし、フル稼働できればチームに貢献できると思っているので、絶対に離脱せず、毎日集中して取り組みたい。
いままでフル稼働したシーズンはないと思うので、今季はそういう1年にしたいですね。