とにかくサッカーが好きで、茨城で開催される波崎サッカーフェスティバルとか、プロの試合よりも高校サッカーを子どもの頃からよく観に行っていました。
それで小5ぐらいのときに尚志高校の東日本大震災の特集を観て感動し、仲村(浩二)監督のもとでサッカーをやりたいと思った。
「尚志高校に入ってプロになる」と小学校の卒業文集にも夢を書き、その後セレクションを受けて入りました。
仲村監督は日頃からずっと「福島に元気を」と、僕ら選手に話していました。
町のひとたちも僕らを応援してくれて、高校サッカー選手権で全国のベスト4に進出したときには、全校生徒をはじめ、県下の高校のサッカー部が応援に来てくれた。
大会が終わったあとも、町のひとたちからたくさんメッセージをいただき、自分たちがただ好きでやっているサッカーがこんなにひとを元気づけられるんだと感動し、もっといろんなひとに元気を届けられるように、プロになって頑張りたいと思いました。
僕はずっとボランチをやっていて、パスが得意でした。
でも尚志高校で緩急の使い方が上手いと言われてサイドをやるようになり、遊び心のあるようなプレーをしていたら、ひとにはないものを持っていると評価された。
もともとスピードはありましたが、もっと足が速くなるように、腰にパラシュートを着けて走ったり、砂場を走ったりして走力を強化しつつ、パストレーニングで技術を磨いた。
また自分はふてくされるタイプだったので、「あとは心のコントロールができれば、頑張ればプロになれる」と仲村監督が言ってくれて、淡々とプレーすることを心掛けました。
ベルマーレに来てまず思ったのが、一人ひとりの技術が高いことでした。
百年構想リーグの序盤戦はベンチ外もあり、なかなか試合には絡めなかったですけど、自分が上手くなっている感覚がすごくあった。
ホームの栃木C戦(第14節)でゴールという結果を残せたことも大きかったと思います。
「あの得点は、試合に出られない時期に腐らなかった結果」と徹さん(長澤監督)に言われ、すごく自信にもなりました。
昔の自分だったら、「なんで出られないんだろう」と態度に出していたと思う。
でも、ふてくされたら終わりだし、「見ているひとはちゃんと見ているから」とカミくん(上福元直人)が声をかけてくれたことも励みになりました。
ただ、試合に出るようになり、クロスを多く上げながら、アシストを記録できていないのは自分の課題です。
なので、今季は数字にこだわっています。
具体的には4ゴール10アシストを目標にしたい。
プレーの幅は広がってきていると思うし、ボールを奪う回数も増え、セットプレーのキッカーもやらせてもらっている。
いろんな局面に関われている感覚があり、いまはとてつもなくサッカーが楽しい。
湘南に来てまだ半年ですけど、この仲間やスタッフ、サポーターが大好きになりました。
みんなと徹さんと一緒にJ1に行きたいですし、そのために自分は活躍したい。
終わったときにみんなで笑顔で終われるシーズンにしたいと思っています。