幼い頃からネイマールがすごく好きでした。
父にいろんな選手を見せてもらったなかで、相手を翻弄するような、遊びの延長みたいなスタイルに惹かれた。
ネットで検索して出てくるプレー集はたぶん全部見ていると思いますし、少年団で仲がよかったひとつ年上の子と一緒にネイマールのプレーを真似し合うぐらい大好きでした。
「プロになりたい」って、僕は小1ぐらいから言っていました。
それもあって、幼い頃から父はサッカーにものすごく厳しかった。
「そんなんじゃプロになれへんで」とよく言われました。
小4で神戸のジュニアに入り、小5のときに大阪で全国の大会があったんですけど、自分は全然ダメで、帰りの車のなかでものすごく怒られました。
そのあと公園に連れて行かれ、泣きながらずっとマーカードリブルをさせられたことを覚えています。
ジュニアユースに上がり、全然試合に出られなかったときも、一緒にボールを蹴りに行って怒られながらドリブルとかをしていました。
高校時代は怒られることはもうそんなになかったですけど、「今日は全然あかんかったな」「練習しろよ」って、それはいまでも言われますね。
でも、父はよかったらよかったと言ってくれるし、褒めるときはめっちゃ褒めてくれる。
厳しいけど、プロになれたのはたぶんそのおかげもありますね。
百年構想リーグの最初のほうは、たぶん相手に僕の情報がなく、うまく突破できるシーンはわりと多かったと思います。
でも試合を続けるうちに、相手が対策をしていたのかはわからないですけど、どんどん抜きづらくなり、仕掛けづらくなっていきました。
なかなか突破できなくてちょっと落ち込んでいた時期に、徹さん(長澤監督)に呼ばれたことがありました。
言われたのは、僕が試合で途中から入ったときの話でした。
「ベンチの選手からは『瀬凪に出せ!』という声が出ていたけど、瀬凪自身はあまりボールを受けたそうじゃなかった。自分のことを自分がいちばん信用できていないんじゃないか?」
その時期は自信を失っていて、仕掛けても抜けるかどうか迷いがあったので、それはほんとに自分が感じていたことでした。
徹さんは自由にやれと言ってくれる監督なので、ドリブルして取られてもそんなに怒られたりはしません。
でも、ビビって受けなくなることに対しては厳しい。
徹さんに「自信を持ち続けること」と「ビビってプレーしないこと」を言われ、どんどんボールを受けて自分の武器を出すことが大事なんだと思うようになりました。
もちろん、それでも「取られたらどうしよう」と思ってしまうかもしれない。
簡単ではないですけど、気持ちの問題なので、意識で変えられると思っています。
今季は毎試合得点に関わりたいと思っています。
大きな目標だとは思うんですけど、目標を大きくするのは自由だと思っているし、得点に関わることがいちばん自分をアピールできると思うので、大事にしたいです。