岡山から甲府に期限付き移籍した2020年と、京都に移籍した2021年、その2年がなければ、自分はいま湘南にはいなかっただろうなと思います。
新卒で岡山に入り、力足らずで3年間試合にはあまり出られませんでした。
若さん(若宮直道コーチ)をはじめ、スタッフに自主練に付き合ってもらったり、練習試合のたびに映像で振り返りをしてもらったりしても、当時はピッチで表現できず、ノートに書いて終わっていました。
でもその後甲府に移籍し、試合に使ってもらったり、戦術を含めて教わったりするなかで、「あのときコーチが言っていたのはこういうことだったんだ」と、岡山の3年間で学んだことがつながった。
そこでサッカーに対する理解が深まり、サッカーを見るのがさらに好きになった。
サッカーをより深く知ることができた1年でした。
翌年移籍した京都では、甲府とはほぼ真逆と言えるスタイルを経験でき、サッカーのおもしろさをより感じることができたし、なによりJ1に上がれたことが大きかった。
チームのなかで自分はどういう存在なのか、明確に捉えられたのもこのときでした。
というのも、当時ピーターウタカという絶対的なストライカーがいて、彼は上手かったし、力があった。
ただ一方で、チームメートに対して言うことも強かったので、言うべきことは自分が言わなければという責任感が生まれ、ウタカとは何回も言い合いをしました。
でもそれは勝つためだったし、そうやってチームは強くなっていき、最終的に昇格した。
そういう経験を通じ、自分自身もより成長させてもらったと思っています。
百年構想リーグを振り返ると、勝てない時期はチームとして弱気なプレーが増えていたと思います。
試合中のよくない時間帯や勝てていない時期こそ堂々と振る舞うことが大事。
それがプレーのジャッジを変えると思うし、そのワンプレーでチームに違う空気をもたらすことができるかもしれない。
みんな頑張っているし、誰ひとり手を抜いていないけど、各々が個人で頑張る時間が多かったと思うので、どれだけみんなでチームとして戦えるかが大事だと思います。
個人的にも正直プレーはうまくいかなかったし、思うようにならないことも多かったです。
当初は自分自身のレベルを上げていくことにフォーカスできていたけど、シーズンが進むにつれ、チームや勝敗のことが自分のなかで大きなウエイトを占めていった。
それは間違ってはいないかもしれないですけど、いいときは自分のプレーとチームのことが両方うまく回るものなので、もう少しうまく調整できたのではないかと振り返って思います。
2025年の降格と、百年構想リーグと、クラブとして1年半悔しい想いをしました。
もう1回、自分たちで立ち上がり、応援したいなとサポーターの皆さんに思ってもらえるチームにならなければいけない。
チームがいまサポーターの方々にどのように思われているかはわからないですけど、僕がいちファンとして見ていたときは、応援したいなと思うクラブだったし、湘南はそうやって大きくなってきたはず。
サッカーには戦術とかシステムとかいろんなことがありますけど、心底応援したいなと思うのって、ワールドカップでアルゼンチン代表が示しているように、すべてを懸けて戦う姿を目にしたときじゃないですか。
湘南はそういうクラブだと思うし、自分自身もそうありたい。
応援したいなって心底思ってもらえるチームにみんなでなっていけたらと思います。