ボイス

【ボイス:2023年8月3日】監督 山口 智


「凡事徹底」――現状を打破するために指揮官が大切に思うこと

――中断期間に行なった御前崎キャンプでは、たとえば守備ならダイレクトプレスなど、チームとしての基準を再確認しました。

山口 ボールを奪われた瞬間、ボールに最も近い選手が定めた基準のなかで奪い返しに行くことを求めていますが、前半戦はそこの意識や強度が緩かった。そういうところから漏れがあったので、あらためて見つめ直しました。ポジションに帰ることが守備ではなく、奪われたときにすぐに奪い返しに行くのが守備の始まり。これはずっと言ってきていることで、開幕戦などフレッシュな状態のときはできていたと思いますし、「ダイレクトプレス」という言葉ではみんなに浸透しているのですが、振り返るとできていなかった。勝てないからといって基準を下げることはしない。でも選手からすると勝てていないからしんどくなってしまう。そこは自分としても葛藤があった。ただ僕のなかでの基準はまったく変わらないので、最も分かりやすいダイレクトプレスから手を付けました。

――ボールポジション、すなわち相手のビルドアップの際のポジショニングもいま一度見直しました。

山口 ラインを下げて後ろに人数を揃えるやり方もあるとは思いますが、僕の考え方はそうではない。前から行ってボールを奪い、速く攻める。そのための守備の狙いどころをつくるポジションを取る。ただし前に行き過ぎると背後が空くので、前後の距離感はボールの状況で決まるという判断を選手に持たせる。そのスタートがボールポジションです。うちは守備の際、ボールから遠い選手は関係ない、目の前の相手を見ればいいという人依存の傾向がありますが、たとえばボールが左に意識が動いたらチーム全体も左に動かなければならない。だからボールポジションは、ボールが5m動けば半歩ないし一歩変わりますし、予測も変わる。ピンチや失点など、なにかが起こるのはそういうところからなので、ボール状況によって判断することは自分のこだわりではあると思います。

――細かいラインコントロールやスライド、寄せも守備の基本ですね。

山口 まったくその通りです。ただし、アプローチしろと言葉で言っても、個々のスピードや強度といった物理的な問題がある。いきなりスピードが速くなったりパワーが付いたりするわけではない。それをなにで補うかといったら、準備だと思うんですよね。だから僕は日頃から準備の話をしている。スピードが遅い選手なら、スタートや予測を早くする、あるいは大胆さを持つことで、相手にアプローチできる距離を取らなければいけない。だから大前提として、全体の距離感をコンパクトにすることが欠かせません。

――見方を変えると、自分の不得手を見つめろということでしょうか。

山口 端的に言えば、「要領よくなれ」ということですね。攻撃でパワーを使いたいので、そのパワーをどこで溜めるのかはすごく大事です。うちの選手はみんな真面目なので、練習から一生懸命頑張るし、8割ぐらいでずっと動き続ける。でもアクションを起こすなら、おおげさに言えば、0から100へ急激に変化するほうが相手は絶対に嫌だし、そのほうが自分たちの体力の消耗も抑えられる。逆に、たとえば守備の際、なかに絞る必要がない場面もあると思うんですよ。それは敵の配置や味方との距離感、ボール状況で変わるから、問題がなければ絞らなくても僕はサボりとは思わない。でも、まだまだボール状況を見ることができていないし、周りとの距離も見えてないし、予測も甘いから、やらなくていいことまでやり過ぎてしまう。高度な要求をしているのは分かっていますが、すべてはボール状況で決められるということを僕は監督になってから伝えて続けています。

――実際、高度で難しい取り組みですね。

山口 これはボールを取れたか取れなかったか、結果論で判断されてしまうんですけど、でも大事なのはそこではない。この距離感で行ったから取れたんだとか、無理だったからやられたんだというのを選手に感じてほしいんですよ。足の速さとか強度とか身体的なことについてはべつになんとも思わない。ただ、それを補うためになにをしなければいけないかを選手に考えさせたいんです。

――吉田新選手の球際が強くなったように見えたので尋ねたら、準備のところでどれだけ良い状態でボールに行けるかを意識していると話していました。

山口 そういうことだと思います。その感覚は人それぞれ違うので、なぜ取れるようになったかを把握することが最も大事。そこを理解して、このポジション、この距離感なら自分は取れるんだ、自分のストロングは活きるんだと感じることが大前提です。ボールに行けなかったときも、なぜ行けなかったのかを考え、工夫して、最終的に行ける感覚を手にすることが大事。そうすれば相手が変わったとしても、自分の立ち位置や距離を変えて対応できるはず。なぜ行かないのか、もっと行けよと頭ごなしに言ったら、判断がなくなり、行き過ぎたり背中を取られたりしてしまう。その感覚を掴ませるのはすごく難しいですよね。

――前半戦では、人数が揃っているのにシュートを打たれる場面も散見されました。なにが原因だと考えていますか?

山口 先ほど言ったように、人依存の守備が原因ですよね。マッチアップする相手だけを見て、その選手にやらせなければいいと考え、やられたときは自分のせいだと受け止める。でもそうではない。みんなでゴールを守っているのであって、止めなければいけないのは人ではなくボールです。そこが間違っているからボールポジションも疎かになってしまう。もちろん人を見ないといけないんですけど、優先順位で言うと、ボール状況があり、スペースがあり、人がいる。もちろん局面の1対1など個々の能力を上げてもらわなければいけないところはありますが、それもなにで補うかなので、1対1で抑えられなければ1.5対1ないし2対1で守ればいい。そういう話をすると、フィジカル的な根性論として受け取られてしまうのだけど、そうじゃないよと。どこを守るのか、なにを守るのかを意識しなければならない。

――球際が緩くなっていると捉えていましたが、そうではない。

山口 根本的なところで球際が強い、弱いはあると思います。漏れてしまうのは球際が弱いということ。ただ僕はなぜ漏れるのかを掘り下げる。相手より先に反応すればいい話なので、それをなにで補うか。行け行けで相手にアプローチしてきたこれまでに対し、いまは自分が行っていいのかを考え、戸惑って遅れ、なおかつパワーもなくて漏れてしまう。もちろん局面のパワーやアジリティは高めなければいけませんが、距離感や準備や判断が悪いから球際で弱く見えてしまっているところはあると思います。

――攻撃面については課題をどのように捉えていますか?

山口 いいときはトライしてミスしても同じように工夫して前へのプレーを選択できていたし、しっかり準備して相手を見ながら判断できていたと思うんですけど、いまはリアクションになってしまい、ミスしたくない、敵に取られたくない、という後ろ向きの判断が多い。一生懸命考えて、やろうとはしているけどプレーで表現できていない。もちろん勝てていないからネガティブになるのはよく分かります。

――課題を乗り越えていくためには、なにが必要ですか?

山口 やり続けるしかないです。やり続けなければなにも生まれない。もちろん時間はかかると思います。でも、できないことではない。いきなり上手くなるわけでも、いきなりスピードが上がるわけでもないので、自分と、現状と向き合って、なにで補うか工夫する。現状から逃げたら改善されないし、年を取るにつれて退化するだけ。僕は選手たちにそういうサッカー人生を歩んでほしくない。だから、もがけばいいと思います。うまくいかないときは素直にもがいて乗り越えていきたい。

――シーズン中に監督に就任した2021年と現在と、チームをどのように見ていますか?

山口 あの時期は、監督が代わりフレッシュさが出て、選手たちが持っているものを開放し、多少整理して表現できた。いまは相手に工夫され、できることをやろうとしていないと感じます。やるべきことをやらずに結果を掴めるわけがないので、まずは持っているものを出すというプロセスをマストで追求しなければならない。その象徴が「ダイレクトプレス」です。

――しかし、これほど攻守において相手に対策されるシーズンはかつてなかったと思います。裏を返せば、それだけ相手に警戒されるようになったということです。

山口 それは大事なことだと思います。相手に嫌がられている、警戒されている証ですし、その難しさと向き合わなければ成長はない。あるべき地平にやっと立てたと思います。次は相手の出方を見ないといけない。相手の湘南対策を踏まえ、監督として決め打ちで対処の形を示すやり方もあると思います。選手は正解を待つものですが、大枠のコンセプトや考え方のなかであれば全部正解なので、僕は選手自身に正解をつくってほしいと思っています。

――答えがないぶん、選手はより難しさを感じているのではないでしょうか。

山口 そうですね、それはあると思いますし、勝てていないなかで配置を含めて型にハメるやり方も必要だと思っています。どこのタイミングでどう出すかですね。

――相手を見て判断できるようになれば、どんなに対策されても乗り越えられる。その強さを山口監督は選手に求め続けたいということでしょうか。

山口 はい。突き詰めればそれが僕の答えです。練習通りに試合で起こることはほぼないですし、いまなにが起きているのかを察知できる敏感さがなければ生き残っていけない。だから感覚ではなく、きちんと向き合い、理解してプレーしてほしい。だからこそ評価される、価値のある職業だと思っている。なにより好きなことをやっているのだから、大事なのは自分のなかにいまなにを残すべきかというところ。もうそれだけですよね。そのなかでサッカーの本質は変わらないし、本質に基づいたものを僕は要求しているつもり。相手に対策され、壁にぶち当たろうが、本質を突き続けてほしいと僕は思います。

――選手たちにもっといい景色を見てほしい。

山口 そういうことではなく、いま好きなことができている幸せを感じてほしいんですよ。あと5年、10年もすればサッカーができるかどうかも分からないですしそのことを感じながらやるべきだぞと思います。

――ところで、準備の大切さは自身の原体験に辿れるのでしょうか。

山口 僕はあまり後悔したことがないんですね。できる限りのことをやってきている自負はある。だから準備の大切さという考えより、1がなければ2はないわけで、10にも辿り着かないというだけの考え。なので1をやり続けなければいけないし、習慣化できたら2をやらなければならないし、それが積み重なって10になる。だからつねに必死です。おおげさに言うと明日のことなんか考えてない。この職業をやらせてもらうようになったいまも毎日そうです。

――そうやって現役時代から突き詰めてきた。

山口 そうですね、つねに危機感しかなかったですから。17歳から試合に出してもらい、順調に出場も重ねさせてもらいましたけど、自分が上手だなんて思ったことはないし、安泰だと思ったこともない。絶対チャンスを逃したくないという想いが強かったですね。

――いまの生みの苦しみを乗り越えたらベルマーレは間違いなく次のステージに立てると思います。

山口 自分もそういう信念でやっています。ただ、現実問題としてあとがないのも理解しています。僕はやるべきことを追求してチームをなんとかしたいし、その先に見えるものがあると確信しているから追求し続けている。これだけ勝てなければ葛藤はもちろんあります。でもどれだけ考えても、結局同じ答えに行き着く。それがこの数カ月です。

――データに目を向けると、チームの平均走行距離と平均スプリント回数はいずれもリーグ2位と、代々培ってきた湘南らしさが数字に表れています。一方でポゼッションは50%に増し、シュート数も多い。チームとして進化していることがデータからも認められます。

山口 自信を持ってやり続ければいい要素の一方で、フィニッシュが得点に繋がっていないところはしっかり向き合わなければなりません。守備においても、ダイレクトプレスやゴール前の球際は緩くなっていた。逆に以前は守備のデータはよく、かたやゴールは少なくて、引き分けはあっても勝つのは難しいという感覚のチームだったと思うんですよね。でもいまは攻撃のほうに意識が向いて、守備が疎かになっているところがある。点を取るためには守備も大事にしなければいけない。……ただ、僕の本心を言うと、攻撃の課題は多いです。ボールを失わなければ守備が1回少なくなるわけで、そこは僕自身すごく考えさせられる。守備は改善しなければいけませんが、そもそものボールの失い方のところもなんとかしたい。信念を持って取り組んでいきたいです。

――思えば天皇杯3回戦では、攻撃のミスが岡山のチャンスになっていました。

山口 実際そうですね。ただあの試合の前半は、やるべきコンセプトをまったくやろうとしていなかったことがいちばんの問題点でした。コンパクトにしようとしていない、ボールを奪いに行こうとしていない、ゴールに向かっていない。攻守うんぬんではなく、根底にあるものが薄かった。なおかつ試合に絡めていないメンバーが多かったなかで、選手にはあの一戦に懸けてほしかった。それなのに監督としてやらせられなかった自分が腹立たしいですし、信じて送った選手たちができなかった寂しさもある。根底にあるものは変わらないし、やるべきことは相手に関係なく絶対できるので、どんなゲームでも、どんな状況でも、選手には求めていることを当たり前にやってほしいと思っています。

――やるべきことができなかった要因は、結果と関係しているのでしょうか。

山口 それはあると思います。僕は明確な答えのなかで要求していますけど、選手は自分の感覚と周りとの距離感、プラス相手のこともあるし、不得意な攻撃面で神経を使っているのは間違いない。そこは理解しています。ただ、困ったときは原点に立ち返り、凡事徹底しようと。僕はこの2年間ずっとそれを言い続けています。

――今夏、キムミンテ選手とディサロ燦シルヴァーノ選手、田中聡選手が新たに加わりました。どんなことを期待しますか?

山口 まずは自分のよさを最大限出してもらいたいですね。そのなかでチームのコンセプトの部分は100%求めますし、関係性は選手同士で生まれてくるものがいちばん大事かなと思っている。3人ともコミュニケーション能力が高く、要求もするし、自分がここに来た意味を理解してくれているので、よさをそのまま引き出してあげたい。相手を見てプレーすることができる選手たちなので、判断は委ねながら、距離感や管理してほしい場所、奪いどころを共有しようと思っています。なにより選手たちは皆しっかりやってくれているので、試合でも普段通りやり続ければいい。そこだけですよね。

――同じく新たに加わった名塚善寛コーチに期待することは?

山口 やはりこのクラブのレジェンドですし、違う観点で気付きをもたらしてほしいと思います。監督をやられていた方なので、実際いろんなことが見えていると思いますし、素直に僕も頼りにしていきたい。

――御前崎キャンプの手応えをあらためて聞かせてください。

山口 選手がきちんと取り組んでくれるので、手応えはつねにあります。プラス勝負は相手がいることなので、いかに準備し、試合でどう表現するか。僕の持っていき方も大事になる。上がるしかない状況なので、向き合ってやるしかないですし、伸び伸び楽しくコンセプトを突き詰めれば成立するはず。成長できるチャンスですし、現状と向き合い、やり続けることができれば絶対大丈夫です。

――再開は楽しみですか?

山口 もう、すぐにでも試合をしたいです。ぶつかっていこうと思います。

取材・文 隈元大吾