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【B.L.T! ~勝利への思い:5月19日】アイデンティティ – 金永基

blt_02_01 画面のなかでは、青いユニフォームを纏った選手たちが五輪切符を懸け、必死の形相でボールを追いかけていた。自分とて同世代、ましてや国の期待を一身に背負う真剣勝負に、胸が疼かぬわけはない。彼らの刺激的な経験を目の当たりにすれば羨望の思いも募るというものだ。だが一方で、どこか遠くから眺めるような感覚を拭えないのもまた事実だった。

試合が終わり、ひとつ伸びをしてテレビのスイッチを切った。夜もだいぶ更けている。明日の練習に備え、もう寝なければならない時刻になっていた。「それにしても代表ではどんな練習をしてるんやろうか」先ほどまで目にしていた大舞台よりもトレーニングの内容に想像を膨らませながら、明かりを消し、布団にもぐりこんだ。

日ごろはさして意識していない現実も、代表に思いを巡らすと複雑な感情がたまに顔を出す。「オレはいったい何者なんやろなって、ふと思うんです」そんなふうに胸中を明かす大卒ルーキーの表情は屈託がない。
「日本人でない僕にとって、日本代表は遠くてあまり関係のない存在。かといって韓国代表を身近に見られるワケでもなく、思いを強くする機会もなかった。そもそも数えるほどしか行ったことがないし、どちらかといえば北朝鮮の国歌のほうが聴き慣れているぐらい。もちろん、いざ呼ばれれば気持ちはきっと昂ぶるやろうと思います。でもいまは想像でしかないので、代表の舞台に立ちたいというよりも、選ばれた選手たちがどんな意識をもってどんな練習をしているのか、中身のほうが興味ありますね」

金永基は在日朝鮮人3世である。日本に根を下ろした祖父母からその血を受け継ぎ、この国に生まれ、この国で育った。18歳までは小中高と、兵庫県下の朝鮮学校に学んでいる。

「いま僕らが胸を張って在日朝鮮人と名乗れるのは祖父母のおかげ」と語る。
「僕らのおじいちゃんやおばあちゃんが、かつての日本政府の弾圧にも屈せず民族の誇りを守ってくれたからこそ、いまの環境があるわけやから。仮に南北が統一したとしても、たぶん帰らへんと思います。ここでこうして生活できてるし、この先も日本に落ち着くことは間違いない。ただ――とはいえ、僕らは日本人やない。ルーツは朝鮮半島にある。……そこらへん、複雑なんですよね」

blt_02_02 いまも忘れえぬ苦い想い出がある。西播朝鮮学校に通っていた10代のころのことだ。修学旅行で訪れた祖国の、同胞に対する歓迎は手厚かった。だが食べきれぬほどの食事を振る舞われて感じたのはむしろ、充分すぎるもてなしと表裏一体の、“客人”とも受け取れる距離感だった。
「ありがたいことやとは思うんです。でも現地には満足に食べられへんひとも大勢おるわけで、それやったら自分らは食わんと、現地のひとたちにまずは食べてほしい。そういう歓迎を受けて、ちょっと違うんちゃうかなと正直、思いました」
 日本に暮らしながら日本人ではなく、祖国に赴いても隔たりを感じたとすれば、「オレは何者なんやろう」と思っても仕方のないことだったろう。

 そんな思春期を経て金が韓国籍を取得したのは、桃山学院大学サッカー部の遠征で渡韓した二十歳のころだった。渡航上の手続きの不便に遭い、10代では見えなかった世の実情を知ったことも大きかったろう。もともと朝鮮半島にルーツを求める彼にとって、北と南の別はない。国籍変更はあくまで手続きのひとつに過ぎず、祖父母から代々受け継ぐ誇りは国籍が変わろうとなんら色褪せるものではなかった。その証拠に、韓国籍となってからもそれまでと変わらず在日朝鮮人を名乗っている。

2007年、こうしたさまざまな葛藤を経て、金はプロの世界へ飛び込んだ。朝鮮学校出身の現役Jリーガーといえば、J2で戦場をともにするベガルタ仙台の梁勇基や横浜FCに在籍する鄭容臺、サンフレッチェ広島の李漢宰らが挙げられる。だがいずれもフィールドプレイヤーで、過去をひも解いてもゴールキーパーは金が初めてとなる。それゆえ、第一人者としての意識は高い。
「在日でも頑張ればJリーガーになれるんやぞって、子どもたちに示せたらいいですね。まだ自分自身のアイデンティティを見出せたわけではないので架け橋とまでは言えへんけど、せっかく好きな職業に就けたわけやし、僕がベルマーレで活躍することでほかの在日のひとたちにも勇気を与えられるはず。いまはただただ結果を残したい、レベルアップをしたいという気持ちで精一杯やけど、段階を踏んで、まずはチームの目標である昇格、そしてJ1に上がった先にきっとなにか新しい世界が広がってるんやないかと信じています」

 己が何たるか、まだこたえは見つかっていない。ひょっとしたら、サッカー選手を終えてから待っている第二の人生であらためて模索することになるかもしれない。ただひとつ、これだけは言い切ってよかろう。金永基のアイデンティティはいま、ベルマーレにある。

TEXT BY Daigo KUMAMOTO

PROFILE
隈元 大吾 -Daigo KUMAMOTO- 1973年生まれ フリーライター
オフィシャルハンドブックをはじめ、「J’sGOAL」「MARE」等でベルマーレに関する執筆活動を展開中。
※「B.L.T」は「BELLMARE LOCK ON THE TOP」の意味

COMMENT
取材といいつつ、いつも選手たちからパワーをもらってます。そんな彼らのエナジーが少しでも伝わりますように。