Message50周年メッセージ

加藤大志元選手 KATO DAISHI 2002年〜2004年 湘南ベルマーレ在籍

生年月日:1983年7月26日
出身地:埼玉県
ポジション:MF
湘南ベルマーレで94試合出場1得点

湘南ベルマーレ50周年、おめでとうございます!
高校卒業後の進路相談の際、監督にプロでやりたいと伝え、練習参加を経て2002年からベルマーレにお世話になりました。
当時スカウトの森淳さん、高田哲也さん、監督だった田中孝司さん、私の入団の合否に関わっていただいた皆様には感謝しかありませんでした。
入団後、右も左も分からない私に、スタッフ、そして偉大な先輩達が色々と指導してくれました。
コロンビア代表で活躍していたチャカ(パラシオス)や、当時黄金時代のジュビロ磐田で指導実績のある、コーチの山田松一さんからも、自分の武器であるスピードやドリブルをもっと磨けと、日々指導していただいていたことを思い出します。

練習後には、美味しい食事もクラブハウスで食べることができ、食べ方から、礼儀なども先輩達から学びました。素晴らしい環境でサッカーができることがとても幸せでした。
当時一緒にプレーしていた先輩達の多くは、引退後もサッカー界に残り、指導や運営に携わっておられる方が多いです。そんな先輩達に指導していただいたことは私の財産です。

夏前にデビューして確かデビュー戦の次の試合、アウェイのアビスパ福岡戦。これからスタメンを取るぞという時期に、試合中に足を骨折。2ヵ月ぐらいの戦線離脱をし悔しい思いをしました。
山あり谷ありだった1年目の天皇杯。J2だった我々は、勝ち上がってJ1のFC東京に挑みました。途中交代での出場でしたが調子が良く、延長の末、普段なかなかやらないループシュートでVゴール(当時)勝ちしたことは今でも鮮明に覚えています。(写真上)
そこからU-20代表等にも呼ばれることになり、自信を持つことができた試合でした。

18歳で初めて平塚で一人暮らしを始めたとき、地域のファンの方が食事をするお店を紹介してくれたりとても温かく迎えてくれました。まだ車の免許を取得していない頃、自宅から大神グラウンドまでを同期の中島崇典と自転車で通っていました。
よく寝坊するやつで、そして起きない!ナカジの家のインターフォンはたぶん私が一番押したと思います(笑)
そんな僕も大事な試合前に大寝坊をして、アウェイの試合に連れて行ってもらえなかったことがあります。社会勉強になり、今でもアラームは2個かけています(笑)

中田英寿さんをはじめ、素晴らしいプレーヤーがいたという歴史があるチームの重みは在籍時から感じていました。
ここ数年のベルマーレは勢いがあると思います。歴史を継承しながらも、新しいものに挑戦した結果だと思います。私は平塚から湘南ベルマーレに変わってからの辛い時代の3年間でしたが、今こうして50年目でJ1に返り咲き、戦いを挑める場所にいるチームに少しでも貢献できていたら嬉しいと感じます。

サポーターの皆さん、私は途中出場で右サイドに入り、流れを変える仕事が多かったです。
ある試合の時、試合の内容、流れが悪く、まだベンチで出場機会を待っている私を、サポーターの皆さんが、“大志出せ”コールを合唱してくれたことがありました。
とても感動しました、自分の価値を少しでも認めてくれ、必要とされている、生きていると実感したことを覚えています。
だから選手は必死に戦わなくてはいけないと思います。1%でも勝つ確率をサポーターの皆さんは上げてくれると思います。

私は引退後、父親の事業を継承するべく日々勉強中です。いろいろな経験をするうちに、自分でやりたい事をみつけスポーツ事業にも挑戦しています。
全ては、教育課程を終え、一番最初にお世話になり、酸いも甘いも経験し、成長させてくれた湘南ベルマーレ、そしてサポーター、ファンのみなさんのおかげだと思っています。
私なりに恩返しとして、微力ながらサポートコーポレーションに協賛させていただいています。
今後も更なる発展とワクワクする湘南スタイルの魅力が日本、世界に羽ばたくために応援していきたいと思っています。スタジアム等でお会いしたらぜひ声をおかけください。

【About KATO DAISHI】
桐光学園から新卒で加入した加藤大志選手、身長も決して大きくなく「かわいい」と言われるような顔立ちでしたが、とにかくピッチの中での迫力は抜群。サイドをドリブルで駆け上がって果敢に挑み、突破していく姿には存在感がありました。ボールを持つと「何かやってくれそう」という期待感からいつもスタンドが沸いていました。
「ダイシ、ダイシ」と多くの人から愛されたのは、プレーのみならず人を大切にする人間性によるところが大きかったのでしょう。
京都、横浜とプレーの場を移し、2009年に現役を引退しましたが、現在もチャレンジを続ける姿には現役時代の努力する姿勢がそのまま表れているようです。