ボイス

【ボイス:2月25日】大倉智GMの声

2013年4月に発表された、
大倉智強化部長のゼネラルマネージャー(GM)への就任。
クラブ全体を統括する役割も担うというこの「GM」という仕事、
最近よく聞く役職だけど一体なにをするものなのか、
その実態はよくわからないという方も多いのでは?
そこで、今回のボイスは大倉GMが自らの仕事について解説。
シーズン始動前に発表された田村雄三&坂本紘司のボランチコンビの重要ポジションへの抜擢をはじめ
クラブの目指すべきところや、その理念をどうやって実現していくのかを
選手の強化についての秘話や今シーズンの曺貴裁監督への期待などを交えて語りました。

「スポンサーを取る」「チケット収入を得る」「社内の経費を管理する」
新しく加わった3つの仕事

 ゼネラルマネージャー(GM)という役職は、野球の世界、メジャーリーグではよく出てきますよね。日本のサッカー界では、強化部長が時にGMを名乗ることが多いけど、アメリカ的にゼネラル(general)っていうと、実際は“全体を見る”ということ。僕自身は、強化部長からGMになって営業事業まで触ることになりました。簡単に言うと、会社全体の予算管理からチームの強化、編成も含めて全体を見るというのが今の仕事になっています。
 ベルマーレのフロントスタッフは15人くらいの組織だし、すべてが連動している話なので会議もみんな一緒にやる、というところはあるんですけど、一応現在の組織としては、社長の下に僕がいるという位置づけで、全体を統轄する経営企画室というのがあって、そこで方針を決めて各部署に落とし込んでいく。部署としては、強化部、営業部、試合運営部、事業本部、総務本部とあって、それぞれに責任者を置いています。僕は、それぞれの部署が持つ目標について、達成度を見ながらプレッシャーをかけていく、というのが仕事です(笑)。
 例えば強化部だったら、当然トップチームとアカデミーが入って、中長期計画としてクラブ編成をどうしていくかとか、今、湘南スタイルという言葉ができ始めていて、ベルマーレの伝統を作っていくための選手の獲得の基準や方法を含めて考える。また、トップチームについては当然勝ち点3を取る、そしてJ1に復帰するということが目標になります。
 営業は、スポンサー収入として3.9億円取りましょうという明確な数字を出しました。それに向けた戦略があるんですけど、まず数字の目標をしっかり置いて動きましょうと。
 事業本部であれば、人を呼ぶ。チケット収入2億500万円という明確な数字の目標を持って、そのために戦略を練ってターゲットを決めて一つひとつやっていきましょうということ。
 営業的な仕事としては、スポンサーを取ること、チケット収入を得ること、社内の経費を管理すること、シンプルにその3つなので。

 GMを受けたことについては、少し戻ったところから話すと、僕は2005年にこのクラブにきて2011年まで強化部長を務めてきたんですが、立場的にはちょうどフロントとチームの中間にいました。机もフロントスタッフと一緒の場所だったし。
 その間、たまに現場から、「フロントは何をやっているんだ」っていう声が挙がることがあったんです。イベントに選手を参加させるのにも現場にしてみれば「サッカーに集中させたいのに、なんでそんなところに出すんだ」といった不満が。強化部っていうのは、その調整役として中立の立場にいるんですけど、フロントと現場の一体感がないからこういう声が挙がるんだと思ったんですね。それで、一体感の必要性を感じていた。もちろん、一体感だけじゃ勝てないんですけど、強いチームはやっぱり一体感があるんですよ。
 フロントも頑張ってはいたんですけど、実際に少しファジーな部分があった。1年間、スケジュールに追われて終わってしまうような。1月半ばにチームが始動すると表敬訪問があって、ワンダーランドがあって、開幕して。表面的には、毎年同じことの繰り返しです。観客動員についても、J1にいれば相手チームのサポーターがたくさん来てくれるので1万人入ります、J2だとアウェイのサポーターが減るので7000人です、みたいな。これでは確かに現場や監督に伝わらないなだろうなと。でも、フロントはフロントで結構強化の犠牲になっているんですよ。社員の給料もそうだし、プロモーション費を削ってでもトップチームの方に回していたり。
 これは、全体を見ながら両方を調整するということをやらないと、この会社に未来はないだろうなと思ったことがGMを引き受けた動機でもある。
 例えばフロントがプロモーションに360万円かけたいと思っている時に、強化部は選手をひとり獲得しようと考えていたとする。本来は、「その選手を獲得することと、プロモーションにお金をかけることと今はどちらが大切か?」という議論が必要ですから。

 結局、強化部というのはお金を使うところで、お金を持ってくるのはフロントです。強化は当然「この範囲でやるように」という予算を投げられて、その中でチームを作る。そこで、フロントについても目標をしっかり持って、最終的に1年間どうだったのかという検証を、当たり前の話なんだけどしっかりやっていきましょうと具体的に形にした。「フロントと現場を繋ぐ」「フロントも数字としての目標を持ち、達成していく」、この辺りが僕がGMになってから大きく手を着けた部分ですね。

元選手がフロントの中心へ
ベルマーレらしい未来図を描いて

 眞壁社長とは、今後クラブをどうしていくかということを含めて、いろいろな話をしています。そういった中で今年、田村雄三を強化部のテクニカルディレクターに、坂本紘司を営業本部長に置きました。
 田村については、人を感じるとか、人間観察といった部分に長けているところがあって、いずれユースから強化に戻すつもりでいたんです。それで3年前に一度強化部に入れて、そこからもっとサッカーを勉強するということで育成の指導者にしました。元選手ということから選手の信頼も得やすいですし、雄三が強化の責任者になっていくというのは本来の在り方だなと思っていました。
 坂本に関しては、社内の人事の中で、「次代に向けてどういうリーダーを作っていくか」というテーマがあるんですが、2013年の1年間における彼の営業での仕事ぶりを見ていて、当然社会人としてはパソコンスキルだったり、企画書作りだったり、できないことはあるんだけど、そのテーマに向けて育てるに値する人物だと思ったんです。さすがに長くサッカーをやってきてチームプレーをよく分かっているというか。人との接し方とか、会社の中で自分の立ち位置をどう作るかとか、出しゃばらず謙虚に、でもハードワークする、みたいな。まさに湘南スタイル、そういうことを普通にやれる。外に出ればやっぱり顔があるし、営業部にはしっかりしたブレーンもいてレクチャーもできる体制なので。
 それに、元選手がリーダーになって5年後、10年後にベルマーレを支えていくというのは、ベルマーレらしい大事な絵だとも思います。社長ともいろいろ議論をしたんだけど、「いつまでも僕らがいるわけじゃないから、いいタイミングとして、思い切って将来の基盤作りをしていきましょう」と、まぁそんな会話からこういった人事を行いました。
 田村、坂本といった元選手が会社のフロントの中核になっていくという意味では、第一歩かなと思っています。

 フロントの在り方については、今こうやって新しい風が入ってきているのに加え、外部からもアドバイスをもらいながら、いろいろと試行錯誤しています。
 例えば、藤沢のサポーター会の皆さんとは、事業部全員で行って意見交換をさせていただいたり、応援のサポートグループの代表の方たちに、「実際どう?運営を見ていてどう思う?」ということを聞いたり。今までとらわれていた「こうあるべきだ」というところ、そのマインドから変えていかないと広がらないと思うので。
 他にもエリアカンファレンスを開催して、その後に数人と意見交換をしたりしています。今、藤沢と伊勢原、小田原にサポーター会があって、そのグループにはポスターを貼ってもらったり、ビラを配ってもらったりしているんですけど、そこをさらにもう少し踏み込んで何かを一緒にやれないかなと考えています。参加していただいている皆さんは、それぞれ仕事をなさってキャリアを積まれて様々な意見を下さる。我々はそういうものを学ばなきゃいけない。やっぱりフロント15人では、集客のアイデアやプロモーション活動も限られるので。そういうことも含めて今までのベルマーレは、外から見てどうだったとか、今後の方向性など、意見交換をさせてもらっています。「まったく戦略面で緩いんだよ」と怒られながらですが、皆さんベルマーレを良くしたいという思いは一緒なので、自分も含めて勉強させてもらってる。こういった活動は、今年もまた続けようと思っています。

 我々はサービス業なので、「この商品はイヤだ」って思われたら「買わない、来ない」、そういう世界です。それに向けて常に良いものを出していかなければいけないので、できることできないことはありますけど、まず商品やサービスについての意見に謙虚に耳を傾けるというのが必要。長くやっていて流されがちになってしまっていた部分を、いろいろご協力を得ながら改善に向けてもう一度掘り起こしているという感じでしょうか。

「湘南地域の人に無形のサービスを」
理念を体現するサッカーを貫くことが最優先

 今、理念とか目指すサッカーについていろいろな「言葉」を定義していますけど、それは2005年に僕が来てから作ったものです。まず考えたのが、「何のためにプロサッカーチームが存在するのか」イコール「選手は何のためにサッカーをするんだ」っていうこと。それが、「湘南地域の人への無形のサービスを」という理念になっています。その「理念を達成するためにやるサッカー、目指すサッカーとは?」という文言も2005年から作っています。
 僕は、結果としては、当然J1に上がりたいと思うけど、まずはそのサッカーとか理念をお客さまに届けることから始まらないといけないと考えています。だから、上田(栄治)さんに始まって菅野(将晃)さんが引き継いで反町(康治)さん、曺さんと監督を代々繋ぐ中で、当然システムややるサッカーは変わるんだけど、いわゆるベルマーレ平塚時代のDNA、湘南の暴れん坊のイメージで「アグレッシブに攻撃的にやる」、とにかくそこを変えずに来た。「J1に上がりたい」「勝ち点3を取りたい」っていうところから始めると、大事な理念がブレてしまうので。

 それは簡単な話で、「一生懸命90分間走るとか」「最後まで諦めずに頑張る」といった、お客さんに観ていただくのに最低限我々が提供しなければいけないものを提供するということ。それすらできなかったから、これからしっかり作りましょうというところから始まったわけです。
 そういった理念を明確にすることによって、獲得する選手の基準も変わりました。名のある選手よりも、若くて走れて成長できる選手を取ろうという方向に。同時に、その間も当然J1復帰も視野に入れていましたので、加藤望やジャーン、アジエル、斉藤俊秀といった昇格の原動力になるだろうという中堅の選手も、眞壁さん個人の資産を投じながらも獲得していました。
 そういった中で、2008年に菅野さんが指揮を執って5位で終われたのに、2009年に監督を反町さんに替えたのは、ある程度熟してきたのでそろそろ結果を出さないといけないというタイミングだったから。そこで選手にもお金をかけて結果的にはソリさんで昇格した。
 ところが2010年は、ベテランの27~28歳の選手じゃ、成長という面でやっぱり右肩上がりの曲線を描くことは難しくてどんどん下降線をたどっていった。しかも、J1クラスの選手の獲得もできない。ということで、改めてJ1というのは厳しい世界だと感じる年になりました。
 「お金が要るよね、でもお金はないよね、じゃあどうする?」となったのが2011年。ここで反町さんと、難しいけど「選手を育てること」と「勝ち点3を取ること」の両輪を目指さなければベルマーレの将来はないと合意して臨んだんだけど、チーム編成にブレが生じてしまった。理念からずれて、寄せ集めのようなチームになってしまったんです。僕もコントロールしきれず、本当に反省しています。
 2012年は、2010年、2011年の反省も踏まえて、J1に戻るのと同時に選手を育てなければならなかった。そうなると、もう曺しかいない。曺を反町さんの下につけたのはいずれは監督をやると思っていたので勉強をさせる意図もあった。そこで曺さんにバトンタッチしたら、若い選手をうまく使いこなして、上がれたわけです。
 2012年はそんな年でしたから、下馬評は低かったですね。でも、結果的には昇格を果たした。それに加えてここで初めて「湘南スタイル」、我々が目指すスタイルが、簡単に言うと「見えた」んです。

 今後の話としても、若い選手が湘南スタイルで勝ち点3を目指し、皆様に無形のサービスである感動を届けていく、もうそれだけです。その結果J1に上がったらうれしい。でもまた降格するかもしれない。クラブの予算が10億円ではやっぱり厳しいんです。じゃあどうするの? といったら、今度は事業部や営業部がもっとトライして、どれだけチケットを売れるか、スポンサーを集めてこれるかっていう話になります。これは、J1に居ようとJ2に居ようと関係ない。世の中の人にベルマーレのサッカーを通じて理念を伝えていかなければならないし、お金は集めなければならない。
 今、ちょうどチームの理念というところから、コーポレートミッション、会社として目指すものをまとめなければいけないと思っているところです。これはまだいろんな言葉を挙げて整理している途中ですが、キーワードとしては「若者の挑戦」「ベルマーレのサッカーを観て人生が変わりました」「挑戦する若者を応援します」、そんな風になっていくと思います。そのためにも、「本当に90分間一生懸命やるよね」と言っていただけるチームにしていかなければいけないし、それがクラブが生き残る道だと思っている。そうしてあと5億円の予算を増やせたら、絶対にJ1に残ります。でもね、その「あと5億円」がない(笑)。甲府さんや鳥栖さんと、5億円の差があるんですね。
 ただ、それを嘆いていても仕方がないので、地に足つけて世の中の人、特に湘南地域の人に訴えるサッカーをする。「週末にベルマーレの試合を観に行っておもしろかった」「負けちゃったけどあいつらがんばってるから次も応援してやろう」「なんか俺もスカッとしたわ」と言って帰ってもらうのが第一。その先に勝点3を取ることがあって、その積み重ねが日本の最高峰のJ1に繋がっている。この土台をやり続けるしかないと思っています。

獲得選手、評価のポイントは3つ
「人間性」と「走る意欲」と「向上心」

 今、高校や大学のサッカー関係者からはベルマーレは選手が育つというポジションをいただいていて、そのおかげで他クラブと競合しても、選手が選んでくれることが多いんですよ。年代別の代表に選ばれるような選手たちの中でも、ベルマーレは若い選手にチャンスがあるという流れがある。それは、サッカー界の中でも、Jリーグを構成する1クラブとしても、すごく大事な評価です。
 変な意味でいえば、ステップアップという言葉になってしまうかもしれない。自分が成長する舞台ですね。でもそれでも良いと思うんです。今回移籍したハン グギョンも高山(薫)も、学生時代はほとんど無名の選手だった。でも高山は、大卒の時にはJ1からのオファーはなかったけど、3年後には柏レイソルに高く評価される選手になった。今後も誰がそうなるかはわからないですけど、そういう選手が出てくると思う。そういう選手たちがステップアップしていくことも応援しなきゃいけないし、それも良いと思っています。

 新人選手を獲得する基準としては、心技体でいうと、心も良くて技術もあって、体力もあるという選手が良いに決まっているんですけど、2005年の頃は、どちらかというと技術のある選手が取れなかったんです。この選手良いなと思っても、競合するとJ1のクラブに持っていかれてたんですよ。だから、体力と心、しっかりとした人間性でよく走るっていう選手を、2005年から2007年、2008年は取っていました。
 その傾向が最近ちょっと変わってきたんです。先ほども言ったように、ちょっと選手が取れるようになってきた中で、心技体の中の技術があるに越したことはないので、今は体力はちょっとないけど技術があって伸び代がある選手を獲得し始めている。今年東洋大学から加入した石川俊輝、彼もまったくの無名なんですけど、非常にスキルがある。ただまだ体力がなかったり、華奢だったりするんですけど。岩尾憲もそうだったんですよね、どっちかというと。
 体力というのは、年代にもよりますが補えると思います。高山もスピードはあったし動けたけど、フィジカルパワーはなかった。亮太(永木)も今は身体が大きくなったけど、加入した当初はまだ華奢だった。
 もちろん、年齢を重ねていてもうまくなる選手はいますが、やはりしっかりしたスキルの土台は若いうちから身に着けていた方が良い。最近、こうした技術のある選手が取れるようになってきたのは、ベルマーレの育成といったところも含めてサッカー界におけるポジショニングと、傾向が変わってきたのかなっていう感じがありますね。
 そうは言っても、すべてがその2つの波ではありません。寛斗(中川)みたいにちっちゃいけど技術があるとか、逆に田村翔太はフィジカルがあってスピードがあって、でも技術はまだないとか、宮市(剛)は万能型で持ってるとか様々です。でも大きくはそういう流れですね。

 実際に獲得する時には、うちはまず練習に参加させます。そこで監督とも話すし、当然僕らとも話す、食事も行く。そういうところでちゃんと目を見て話せるかなといった実際の態度も見ますし、自分の目標をどうしたいのかを聞いたりします。あとは家庭環境も大切ですし、恩師や大学・高校の指導者に話を聞いたり、スカウト陣でエピソードを拾い集めるなど、情報を収集します。そういう情報を参考にしながら、自分たちの目で確認して選手個人の伸び代や将来性を判断します。
 一番重視しているのは、メンタルですね。曺さんも、「技術が100、戦術が100、足すと200だと。でも掛けるメンタルがゼロだったら結局ゼロになる」とよく話しているけど、その通りだと思います。
 例えば、僕らが見るのは「走る意欲」っていう言葉を使うんですけど、「走れる」じゃなくて、「走ろうとする意欲」みたいなこと。試合を観ていると、なんとなく歩いているなとか、なんとなくサボっているなとか、わかりますよね。逆に、とにかく動こうとするのも伝わるじゃないですか、人に。「走る意欲」は、うちが獲得する時に見る、いくつかある基準の大きな要素のひとつになっています。
 もうひとつ、スカウトの基準に「レジリエンス(resilience/回復力)」という言葉を入れているんですけど、これは心理学用語で「目の前にある壁を乗り越えて向上していきたいという人としての欲求、その向上心」といったような意味です。アルゼンチンのサッカー界でよく使う言葉らしいんですけど、そのレジリエンスっていうのがすごく大事だなと思ってます。数値的に出てこないものだから判断が難しいんですけどね。
 途中加入の選手も、獲得の基準は同じ物差しを使っています。

選手の成長がチームの成長
3年後を見越した育成を実践

 ベルマーレの土台作りという意味では、2005年からそういった物差しを溜め込んで一応のマニュアルにしてあります。チーム作りの方針とか、今までやってきたことを溜め込んで、毎年改訂して。ブレそうな時とか、ちゃんと確認していますよ(笑)。
 チーム編成の中長期の方針として、例えば3年後や5年後に昇格しましょうと言ってそのためのチーム編成をしていっても、今の選手契約のルールの中でいうと、選手は契約が切れたら出て行ってしまうと思うべきだしそう考えています。今は、5年後にいる選手はいないと思った方が良い。そうなると、長い目で見てチームを作るのは難しいし、サッカーに勝つ方程式はないので、「まず目指すサッカーをやる」ということを一番に考えています。その成果が勝ち点3だから、毎試合そこを目指す。大事なのは、そのサッカーに見合った選手を獲得して育てること。例えば今年、宮市を取りました。宮市の3年後を見越して逆算したら今年はどう過ごさせるか? 前ちゃん(前田尚輝)はどうするか? 田村翔太を福島に出したのはなぜか? それは「今年じゃなくて3年後を見据えているからです」ということ。彼らが21歳になった時にベルマーレの中心となるための2014年を考えているわけです。

 今年のチームも、そうしてできあがっている。予算の話もありますけど、今後は「選手の成長」イコール「チームの成長」であるという視点を持っていないと、なかなか難しい。特にここ数年、他のJクラブから28~29歳の選手を寄せ集めたり、トライアウトからとっても、あまりうまくいかないというのを感じていたし、今のうちのサッカーは、若い選手じゃないと難しいところがある。なぜなら普段の練習を含めて体力的にという点と、運動量もコンセプトも今までやっていたサッカーとまったく違うから慣れるまでに時間がかかるから。宇佐美(宏和)や荒堀(謙次)も、今年は2年目なので期待しているんだけど、去年は慣れるのに想像以上に時間がかかってしまった。やらせてみて改めてわかったし、彼ら自身も相当戸惑ったと思う。それで今年は学生を多く取りました。彼らを湘南スタイルに変えていくことは効果的だから。そういうこともあってJからは最少限にして、キーパーとフィールド2人の3人しか取らなかったんです。

 今年、チームはもちろんJ2で優勝してJ1に昇格するという目標を掲げます。でも、チームを構成する選手の中長期の成長を大事にしながら平行して考えていく。J1に上がるのは目標ですけど、勝敗は水ものだから上がれないこともある。だから、それはそれで大切にしながら、選手個々の中長期の成長計画、選手をどう作るかという方に重きを置いています。2013年は結果的にはJ2に降格したけど、実力は尻上がりに上がっていった。やっぱりみんな若いから日々成長できたというのもあると思うんですね。
 
曺監督への期待は大きい
課題は「勝てる監督」への成長

 クラブイメージという意味では、曺さんの存在も大きいですね。曺さんの選手たちへの接し方やプレゼンの仕方は、お父さん的な指導者というか、みんなコロッといきますよ(笑)。サッカー界でも、曺さんの価値は上がっています。
 曺さんは、育成の指導者を長くやってきたし、ベルマーレの事情を全部わかっているので、どの選手を取ってくれというようなことは一切言わない。選手を育てる意味や、選手の成長がチーム力を上げるということが本当にわかっている。クラブとしては、それを継続して、そのマインドでやってもらいたいと思っています。それに曺さんは、2012年、2013年と指揮を執って、自分の采配で負けたことがあったということを当然わかっている。そういう点では、曺さんも一緒に成長すれば良いと思うんです。だって曺さん、Jリーグの監督をやってまだ3年目、若いんですよ。
 今シーズン、続投するにあたって曺さんと話したのは、「あの采配が」なんて言い出したら、みんな言いたいことはあるけど、我々は評論家じゃないよ、ということですね。曺さんが感じたことをやれば良いんじゃないですかと言いました。
 結局、獲得した選手が商品だとしたら、この選手たちをうまく料理するシェフがいないとしょうがないんですね。クラブの目指しているところとマッチングしている監督だと思います。そういう意味でもクラブとしては、若手を育てて湘南スタイルを体現して、理念を遂行してほしい。その結果、J1に上がれればなおうれしい。長くやってもらいたいと思っています。

 曺さんは、サッカーの戦術もおもしろいし、それをしっかり教える力もある。選手に投げかけるマネージメントとか、奮い立たせる力とかは一番得意な分野です。だからあとの課題は「勝てる監督になる」こと。湘南スタイルや選手の成長も同時に考えながら、です。
 世の中の指導者はみんな「選手が成長したら良い」って言います。でも、一部の指導者は、勝点3を取りたいがために、いざとなると守ってボールを繋がずに蹴らせるんですよね。でも、選手の成長にとって大事なのは「興行として良いサッカーをする」とか「選手にとって繋がずに蹴るサッカーをすることは良くないことだ」という姿勢を貫くこと。指導者がそこに向き合えるかどうかも大切な要素です。そこには、監督自身の人間性の問題、勇気や生き様が出る。だから、勇気を持ってスタイルを貫きながら「勝てる監督になる」を目指さなければならない。

 曺さんとよく話すんですけど、ドイツのブンデスリーガを観ていてもイングランドのプレミアリーグを観ていても、やっぱりおもしろい。Jリーグが観客が減っているのは、やっぱりサッカー自体がおもしろくないから。みんなヨーロッパのサッカーを観ているから、おもしろさの本質がどこにあるかわかるんですよ。サッカーは人間と人間の生き様の争い、こだわりの争いだと。クラブも、勝点3だけにこだわって偏ったサッカーをやっていていいのか? 勝点3を取ればOKという姿勢で良いのか? ということ。監督はもっとアグレッシブにその生き様を出せっていうことだし、クラブもそういった姿勢をサポートするべきですよ。
 そうは言ってもプロの世界は、結局は勝点3がすべてなんだけど(笑)。曺さんも葛藤していると思います。でも、頭のいい人だからマネージメントのやり方とか、いろんな調整をして、工夫して、スタイルを貫きながら勝てる監督になってくれると思います。今年は、曺さんの成長にも注目ですよ。

今シーズンの舞台はJ2となりましたが、
目指すはJ1で通用するチームになること。
そのためには、チームの成熟はもちろん、新加入選手の成長や
曺監督がどのような采配を見せるのかも気になるところです。
大倉GMの理想通り、チームや監督の成長していくのか?
リーグ戦の戦いぶりから、チェックしてみてください。

取材・文 小西尚美
協力 森朝美、藤井聡行