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【ボイス:11月18日】ハン グギョン選手の声


「我々のDNAは攻撃にある」。ゴールに向かう最短距離を縦に速くボールを繋ぐ反町監督のサッカー。前への推進力を支えるのは、守備のタスクに重きを置く選手たち。今季、若手選手の成長が著しいが、ボランチあるいはアンカーとして中盤の守備的なポジションを担うハン グギョン選手もその一人。チームの中で存在感が色濃くなった結果、ロンドンオリンピックの韓国代表候補にも選出されている。プロ2年目、サッカー人生を振り返るその軌跡から、成長のキーワードを探る。

パスサッカーを学んで
韓国と日本の良さを合わせ持つ選手に

 韓国人のハン選手が日本でプロになったのは、ベルマーレからのオファーがきっかけ。しかし、日本でサッカーを学びたいという思いは、子どもの頃から持っていた。

「中盤のポジションで成長したいなら、日本でサッカーをした方が良いと中学や高校のときの監督から言われていて、ずっと日本でプレーしたいなと思っていた。Jリーグに憧れていました」

 子どもの頃からポジションは、ミッドフィルダー。トップ下も経験はあるが、サッカー人生の大半はボランチとして過ごしてきた。
 韓国では、サッカーをやる子どもたちは、学校のなかにある合宿所で一緒に生活し、指導を受ける。ハン選手も小さな頃から学校の合宿所で寝泊りして指導を受け、高校からは、日本で言えばJFAアカデミーのような組織であり、同世代のトップクラスの選手が集まるサッカーセンターに入り、プロを目指してきた。そういった場所での指導者たちが、ハン選手に日本でサッカーを学ぶことを勧めた。

「日本は細かいパスワークがうまい。そういうところで自分のパスセンスを磨いたり、パスの基本を学べるんじゃないかということで勧めたんだと思う。
 韓国は、やっぱりフィジカル的な要素が強い。日本は、小さい選手やそれほど筋肉質じゃない選手もプロとして活躍している。でも韓国では、そういう選手はプロになるのは難しい。もちろん技術は必要だけど、要求される中心はフィジカルの強さです」

 フィジカル的な要素より、持ち前のセンスや技術を武器とするハン選手。高校卒業と同時にプロになる夢はかなわなかったが、大学生になったハン選手に日本から念願のオファーが届いた。

「日本でプレーしたいという思いがあったから、その第一歩としての道が開けたので、うれしかったし、迷いなくその道に行くという覚悟を決めました」

 決断と覚悟の答えは

「来て良かった。自分は韓国人だけど日本でプレーをしているから、韓国と日本のプレースタイルの両方を持ち合わせている。それをもっと習得できれば、自分は良い選手になれるんじゃないかと思う」。

プロとしての在り方を学んだ1年目
自分のプレーをいかに見せるか模索する2年目

 プロ2年目。初めての外国での暮らしを経験しながらのルーキーイヤーをJ1で過ごし、聞く分には日本語もほとんど分かるほど成長した2年目の今季はJ2と、2年間でさまざまなことが変化している。気持ちの部分の変化を問うと、

「去年は、プロを始めた年で、プロ選手とは何なのかということを学んだ1年でした。プロというのは、サッカーでプレーをしてお金をもらう職業で、自覚をしたうえで責任感を強く持たなければいけない。そして、冷静かつ情熱的な選手でなければいけないと感じています。当然乗り越えなければならない年だったけれど、今思えば去年の自分は、プロ選手であるという自覚があまりなかった。
 今年は、プロという環境に適応する期間はもう終わったので、それがわかったうえでじゃあ自分がどうやってパフォーマンスを高めるか、どうやってお客さんに自分のサッカーを見せるかというのを考えています。
 プロの自覚を持って、ゲームの入り方、展開の仕方、ゲームの流れを読まなければいけない。今年は、そういうことがわかったシーズンでした」

 プロとは何か? このあとのサッカー人生の根幹となる大切なことを学んだ1年目はJ1で過ごした。リーグ戦は19試合に出場している。

「今思えば、自分がうまくて出られた試合は、1試合もなかった。ただ単に去年はけが人が多くて、チームの状況が良くなかったから自分が出られたと思っています。
 だから去年は、自分のなかで泣いた時期がたくさんありました。自分は、プロだろうか? と悩んだ時期が多くて。ほかの選手を見れば、うまい選手がいっぱいいた。同じように練習して、同じようにご飯を食べて、同じように寝て、それでもこの選手たちと自分に差があるのはなぜだろうと。去年は、本当にストレスがたまった。
 試合のときは、極端に言えば息もできないくらい追い詰められた気持ちだったし、ミスも恐れていた。ミスをしたらどうしよう、自分がミスをしたら大きな問題になる、そう思っていました。去年1年については、あまり満足はしていないですね」

 今年はJ2を経験し、トップリーグとの違いを肌で感じている。それでも、この2年で学んだことは大きい。

「J1とJ2は、選手のスピードやパワーが違う。J2は、ミス自体も多いし、相手のミスに乗じて自分たちの得点のチャンスもつかめることも多い。J1は、そういうミス自体が少ない。
 リーグは替わったけれど今年は、個人的にプレーの質が上がったと思う。試合をしながらゲームを観る目も変わってきたし」

 2年間での成長ぶりを振り返ると、プロになるという夢のために、どれだけの覚悟を持って日本に来たのか、その強い思いがわかる。

「もっとうまくなりたい、もっと成長したいという気持ちをもって、自分のサッカースタイルやチームのスタイルを自分の中で分析して研究して。今もそうしているけど、そうやってどんどん差を縮めていければと思ってきたし、去年感じた差は結構縮まっているような気がします。
 試合のときも、ゲームに入るときは、自分は相手の選手よりもっとできる、もっとやらなければいけないという気持ち。もし自分よりすごい選手が来たら、その選手を倒したい、戦いたい、そういう気持ちでいる。
 でも、もし自分よりうまい選手と当たって負けたときは、その選手を自分が認めるしかない。認めると、自分はもっと強くなろうという意識が芽生える。後はもう一生懸命練習するしかない」

 実際に戦った相手で一番最近、自分よりうまいと認めたのは、京都サンガF.C.のチョン・ウヨン選手。

「彼はやっぱりうまい。認めざるを得ない。でも超えなければ。超えるしかない」

 オリンピック代表候補でも同じポジションを争うチョン選手。京都との試合は、ハン選手個人のライバル心とともに、昨年J1からともに降格した立場を同じくするチームとして、今自分たちがいる場所を確認する、そんな姿が重なった。
 ハン選手の言葉通り、「超えるしかない」相手。ライバルの存在もまた、成長の原動力だ。

めざすべきスタイルへの覚醒
示された道を、いま発展途上

 日本に来て、初めて指導を受けたのが反町監督。

「自分のめざす方向性を示してくれて、自分の役割とはなんなのか、そういう道を拓いてくれた監督。反町監督には感謝しています」

 ハン選手の役割といえば、中盤の守備が何より印象的。相手選手が持ったボールを身体に触ることなくするりと自分のものにする。

「自分にとってはもう、それは当然のプレーなので。
 だけど、自分はまだ完璧な選手ではないから足りないものを補っていかなければならない。自分自身でもまだまだ物足りなさがあって、そういう意味ではベルマーレでもっともっと学びたいものがある」

 理想とするのは、FCバルセロナのセスク・ファブレガス選手。

「守備力が少し落ちるけど、得点ができて展開力もある選手。自分とはまったくスタイルが違うけれども、全部のことができる選手なので、そういう選手になりたい。それにプラスして、自分が持っている守備力を高めていければ」

 また、反町監督の戦術の中で、フォーメーションはさまざまに変化するが、ダブルボランチを組むなど永木選手を相棒とすることが多い。どういうフォーメーションをとろうと、ふたりが同時にピッチに立ったときの距離感は、チームの調子を物語る。

「亮太は、本当に良い選手ですし、亮太から学ぶことも多い。でも、亮太が持っていないものを自分は持っていて、自分が持っていないものを亮太が持っているので、試合中にそういう部分のバランスに注意して、お互いのない部分を補い合いながら一緒にプレーしている。良いコンビだと思います」

 試合前に行われる練習の最後、両チームの選手のほとんどが引き上げた後、ふたりで至近距離でパスを交換する姿が必ずある。

「前は、コーチとやっていたんだけど、最近、ここ何試合かはずっとふたりで、最後の最後までやってますね。お互いの感覚を高めるために。パスの感覚だったり、ボールの感覚だったり、芝生の感覚だったりを、自分たちのなかでお互いに高めるうえで、パス交換をやってます」

 中盤を支える二人の象徴的なシーンは、これから始まる試合への観ている側の期待感をも高めていく。

「結果が伴えば、いいんですけど。
 でも、自分がベルマーレの中盤を支えているという気持ちは持てないです。自分がダメなら、他の選手がそこのポジションに入りますから。韓国のことわざに、稲は成長するにつれて頭を垂れる、献身的にならなければいけないと言うものがあります。そういう気持ち」

 今のところ今季の出場記録は、28試合。怪我や代表合宿が重なった試合以外はほぼ出場している。それは、日々の生活からサッカー選手としての自覚を持ち、小さな努力を積み重ねて、チームにとってなくてはならない選手に成長してきた証し。これからは、感じた手応えを自信に変えていくのも、選手としての成長に必要なところ。

「今は、自信を持とうと努力しているところです」

 丁寧に自分の気持ちと向き合ってきた一歩一歩の歩みを感じさせる、ハン選手らしい思いだ。

クラブと代表の行き来に
成長のサイクルを発見

 FC東京戦後、U-22韓国代表候補の合宿に招集されたことが発表されたハン選手。年代別の代表歴はと言うと、17歳以下の国際大会は本戦までメンバーとして登録されていたが、U-20のときは、最終登録で落選。その後、代表からは遠ざかっていた。

「サッカー選手であれば、代表は誰でも夢。だけど、最近は遠ざかってしまっていたので、最初にオリンピック代表候補に呼ばれたときは、『こういうものか』という感じで、そこまで強く意識することもなかったんです。でも、1度入ったら、『代表選手になりたい!』という気持ちが芽生えてきた。また呼ばれたら、やっぱり感覚が違って、『このポジションを取らなくちゃいけない』という闘志が芽生えてきた」

 闘志を燃やす相手は、やっぱりチョン・ウヨン選手。間髪いれずに日本語で「勝ちたい」という答えが返ってきた。
 クラブと代表は、自分の中で使い分ける存在でもある。

「ベルマーレで学んだことを代表で活かすというサイクル。極端な言い方かもしれないけれど、ベルマーレは成長する場所、代表は成長したものを見せる場所。代表に入って試合をすれば、自分の中で自信になる。そうやってつけた自信を今度は、ベルマーレで結果として出さないといけないと思います」

 J2は、フル代表のスケジュールも関係なくリーグ戦が組まれているが、年代別の大会や本戦に向けた予選などは、J1でもリーグのスケジュールに関係なく開催される。つまりは代表に選手が呼ばれるということは、チームはその選手なしでリーグ戦を戦わなければならない。韓国のオリンピック代表候補の合宿は、11月17日まで。ここで生き残れば、予選の登録メンバーとして試合に帯同する。
 チームは、遠藤航選手のU-18代表招集に続くハン選手の招集に、苦しい戦いを強いられることとなったが、反町監督は「本人の成長のために」と気持ちよく送り出した。
 リーグ最終節まで、ベルマーレの選手としてのプレーはお預けとなったが、このチャンスを活かし、チームで成長したその成果をオリンピック代表の試合で見せてくれることを期待している。

取材・文 小西なおみ
協力 森朝美、藤井聡行