湘南ベルマーレ20周年記念コラム「志緑天に通ず」

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コロナ ウイルスの影響で誰もが想像だに出来なかった日々を送り、
街は多くの悲しみや、怒りに支配されている。
地域に支えられ、人々に生かされてきたクラブとしては、少しでも笑顔を生み出さなければという焦燥感に追いかけられている。

そんな日々、ふと思い出した。
私たちが悲しみと苦難に支配されていたあの20年前、多くの笑顔と汗で消滅しかけたクラブに手を差し伸べてくれた皆さんを。

これからの困難と長く続くであろうコロナとの闘いの起点に、そして20年前の皆さんからのエールを再確認し、その想いを勇気に変えるために、このコラムを追記し再掲載します。

笑顔溢れる湘南を1日も早く。
   
湘南ベルマーレ 代表取締役会長 眞壁 潔



2020.05.10

湘南ベルマーレ20周年記念コラム「志緑天に通ず」第12回(最終回)

※EPISODE-Ⅺはこちら

EPISODE-Ⅻ BANYU(最終回)
2019 PATIENT

episode12-1

クリスランに徳島のディフェンダーがつめる、そして迷わずスルー。
走りこんだ天馬は実に見事にGK梶川のバランスを見極め、ゴールに気持ちを流し込んだ。

上手くいかない時に人はグラス片手にぼやくものだ。
J1参入プレーオフを数日後に控えたある日、ジョッキ片手に水谷がぼやく。
「あまり使われて無いけどね、こんな時、助人外国人って何かやるんだよね。でも使わないだろうな」
選手起用に干渉しない湘南の文化は変わらない。したがって二人はグラス片手にコソコソぼやく。

一昨年前のホーム最終戦、レッズ戦に勝利しながらも残留決定は名古屋に持ち越された。恒例のホーム最終戦のサポーター主催の納会に水谷と顔を出す。すると目の前に座った18のユニフォームを着たサポーターがおちょこ片手にぼやきだした。「交替でピッチ立ってさ、また交替ってさ、しんどいでしょ。何回もだよ。極めつけはルヴァンの決勝。でもね俺は信じているよ、天馬を。今年いい経験してんだ。名古屋で残留のゴールを決めるのは天馬だ。悔しさ乗り越えて、いい話でしょう~」悔しそうにそうぼやくと手酌で並々と注ぎ一気に飲み干した。
時間差はあれ、ぼやきは現実になり湘南は救われた。みんなの様々な今シーズンのぼやきが乗り移ったゴールだった。

安堵する笑顔に包まれ、あの蒸し暑い日が遠くに感じられた。
8月11日、絶対に落とせないアウエイの一戦は前半に先制される。しかし後半早々湘南への残留を決めた山﨑が決め、80分には帰ってきた山田のスーパーな一撃で逆転。最後は杉岡の素晴らしいゴールで鹿島の劇的勝利からの連勝を決めた。
帰ろうと車に向かっていると広報の遠藤から電話があった。
「監督のパワハラ関連の記事を2紙が書くそうです。今夜」
「今夜?しかもこの劇的な試合後に」詳細は分からないという。

いずれにしろ今夜であればすぐにでも選手に伝える必要がある。あいにく坂本SDと監督は別の車で帰路についていて伝える責任者がいない。少し前に出た選手バスに追いつき馬入で伝えなければと第2東名を急いだ。馬入に先に到着し、やって来たバスに飛び乗る。野田や大野が不思議そうな顔をしている。
「ちょっとみんな疲れているのにすまない。少しだけ時間をください。今日これから監督のパワハラ問題という記事が出るらしい。詳細は分からないんだけど、みんな心配しないでほしい。しっかり報道内容を確認してクラブで対応するので」選手は驚きとともに、どう理解すべきか戸惑った表情を見せていた。
「本当にあんな素晴らしい試合の後に申し訳ない。心配しないで疲れを取ってください」そう言ってバスを降りた。
しばらくするとロッカーに荷物を運んだ選手がパラパラと帰りだした。多くの選手が明るい表情で挨拶をし帰宅していった。少々安心しているとスタッフたちもそれぞれの機材車で到着しだした。それぞれに選手と同じ話を伝えた。心配した何人かのスタッフと立ち話を続けていると携帯が鳴った。
「出ました。かなりの取り扱いです」遠藤の元気のない声が耳に残った。
その時は深夜の馬入の暗闇がさらに深くなるとは考えもしなかった。

翌日から馬入の空気は日に日に重くなっていく。選手やスタッフたちはとてつもない疑心暗鬼に振り回され、経験したことのないストレスと戦い続けることになる。
「結論が出るまで試合を延期できないですか」「選手だけで会見とかできないですか」様々な問いかけをうけた。選手たちもこの状況から早く脱するため考え続けた。クラブでも様々な人々の知恵を借り、また振り絞って解決に向け奔走し続けた。多くのサポーターやスポンサーの方々からたくさんのご心配の連絡をいただいた。しかし多くの人の想いに反し、残念ながら馬入はサッカーに集中できる環境ではなくなっていった。

「敏に電話を代わります」水谷からの電話。10月6日の川崎戦の惨敗後、クラブハウスに行くことができなかった。正直に言うとベッドから起き上がることができなかったし、もう馬入に行きたくもなかった。
試合後のロッカーは荒れた。それを縁で聞きながらこの2カ月間やってきたことは何だったのか、何がいけなかったのか自問自答した。目の前に立つ健二にも申し訳ない思いでいっぱいだった。状況をさかのぼり思い起こせば指揮をとるのは至難の業だ。ロッカーを出て水谷を見つけると「後は任す」そう伝えるのが精一杯だった。

監督が続投不可能な場合は浮嶋敏。それは水谷との暗黙の了解だった。本人の意思とは別に。
2016年連敗中の夏の強化ミーティングで曺が辞意を発した。後任に指名されたのは育成のリーダーとして会議に出席していた浮嶋だった。彼のきっぱりとした固辞を起点に様々な監督に対する想いとクラブの決意が語られ続投が決まった。結果は降格だったが、もがき苦しんだクラブがまた一つ大きな節を刻んだ話し合いだった。
月日は経っていたがそれは曺の考えでもあり、浮嶋は彼のサッカー感を理解し下部組織のために観察し続けていた。現場に混乱を生じさせず、手法はともかく同じレールで走り続けられるのは敏しかいない。
2012年にリーグを驚かす昇格を決めた曺監督のコーチを務め、長きにわたり彼の良き友人でもある。その後、湘南のサッカーをトップからジュニアまで一貫させるためにトップコーチを離れアカデミーのリーダーとして齊藤未月や石原広教、柴田壮介等を育ててきた。U-17ワールドカップに横川旦陽、田中聡が選出されたのも偶然ではない。目指す湘南のサッカーを活字化した「縦の美学」は彼がプロデューサーだった。
「湘南スタイル」を継続させるためには外部召集は考えられなかった。そのスタイルは外部が思っているほど簡単ではない。強化育成の案件で様々な提案と相談を的確に受けてきてくれたのも彼だった。もうひとつ挙げれば、もし社会人としての適性試験があったとすると、私と水谷はせいぜい70点のところ浮嶋は間違いなく90点をとれる。それは湘南というクラブにとって重要なことだ。

電話を替わった敏は「今回だけは受けさせていただきます。正直どこまでできるかわかりませんが、湘南というクラブを壊したくないので」
「すまない、本来会ってお願いしなければいけないのに」覇気のない声で詫びた。
「そのかわりクラブをしっかりお願いしますね」一瞬黙っていると、「ここまで頑張ってきた育成組織とかコーチ陣とかも壊すわけにはいかないんです」
子どもたちや地域に対する強い想いが伝わってきた。「はい」絞るような声で答えた。

episode12-2

優勝する横浜FM戦から指揮を執った浮嶋ベルマーレは3連敗をするが、セレッソ戦は大きなターニングポイントだった。
負けはしたがピッチでは、あのベルマーレが表現されていた。そして続く優勝争いの筆頭FC東京戦はアディショナルタイムで追いつかれるも、ついにホーム最終戦で8月のジュビロ戦以来の勝利をあげ残留の可能性を自ら手繰り寄せた。
価値ある勝点3をあげた選手スタッフたちはあの日から次の勝利が3カ月半後になるとは誰も想像することさえ出来なかったはずだ。

他チームの状況にもよるが、勝てば残留が決まる松本戦は簡単ではない。なぜならすでに降格が決まり、その上松本ホーム最終戦。発表はなかったが松本を支え続けた反さんが腹を決めている可能性が高い。2016年降格が決まってしまってから溌溂とプレーしたベルマーレの記憶がよみがえる。そしてその嫌な予想は的中してしまいプレーオフに進むことになった。泣いても笑ってもの一発勝負。わずか数分間の残留気分を引きずりながらロッカーに入る。
気持ちの整理がつかない選手たちの前で監督は「もう一試合やることになった」ただ一言発してミーティングを終わりにした。不思議な自信を感じた。
浮嶋には迷子になってしまった選手たちに寄り添い、進むべき道に導く能力があったと思う。短期の間にこの難しい仕事を任されここまできた指揮官は簡素な言葉で選手たちを導く信頼関係を確立しつつあった。

episode12-3

対戦相手は徳島。正直やりたくないチームの筆頭だ。GKに梶川、DFに福岡、MFは岩尾、藤田、表原の3人。みんなベルマーレの一時代を牽引してくれた仲間たちだ。その仲間にはカルロス、中河、甲本の3人のコーチもいる。湘南スタイルを十分に解析しているだろう。徳島からきた山﨑もやりにくいに違いない。しかも徳島は8月10日、27節甲府戦の敗戦後はたった1敗しかしていない。8月11日の磐田戦の勝利後に1勝しかしていない我々と真逆だ。右肩上がりvs右肩下がりの一戦は勢いのままに徳島が先制する。

後半が始まるまで多くのサポーターがぼやいたに違いない。後半開始とともにそのぼやきは忘れられ、取り戻しつつある湘南のプライドは大きな声援となり選手たちを後押しした。BMWが凍りつくようなアディショナルタイム、多くの選手が立ち上がり大きなジェスチャーで選手たち鼓舞した。そこにはただよい続けた馬入での疑心暗鬼はもうない。ただひたすら仲間としてチームを想うのみ。埼スタのバイアとミキッチの真剣な応援が脳裏でダブった。ホイッスルが鳴り、一年前の歓喜の笑顔をとはまた違う大きな笑顔と涙にBMWは包まれた。

episode12-4

馬入の土手に立つとそこは泥に埋まったままだ。2年前の台風の時は250人を超えるサポーターが集まり泥をかきだしてくれた。多くのサポーターが心の準備をしてくれていたが、水の引いた後グラウンドキーパーは黙り込んだ。泥の量が比べ物にならず人の力ではどうにもならない。
10月19日の横浜戦を前に練習場がなくなった。流れの悪くなったクラブはさらにその方向へ流されていくような気がした。スタッフは四方八方にお願いをして日々の練習場を確保する。結果、様々なご厚意で練習を続けることが可能になった。ホームタウンでない街まで多大な理解を示してくれた。
改めて多くの人に支えられていると深く感謝した。

episode12-5

人は上手くいかないことに遭遇すると、不幸だと感じる。それが長引いたり、更なる事件に振り回されると、なぜ私にばかりと神様にアンフェアを訴える。
選手の奮闘を目にして改めて学んだのは、その難問は私だけに降りかかっているのではないということ。そして私だけが頑張っているわけではないんだということ。独りよがりで必死に動いても周りは幸福にはならないんだということ。そしてクラブがその難問を越えていくには多くの人々が笑顔で手助けしてくれるんだという事実。したがって僕らの使命は街中に笑顔の数をひとつでも多く生みだし地域に恩返しをすること。笑顔のパス交換を増やすことがクラブの日常でなくてはならない。笑顔の貸し借りは湘南の財産だ。湘南は皆さんの20年間の支援でそういうクラブに育ててもらったんだという感謝を申し上げてこのコラムを締めさせていただきます。

湘南にかかわるすべての人は右手にはグラス、左手にはあなたの愛する選手グッズを持ち、コロナに対する不満をぼやきながら、近い将来BMWで笑顔で再会できる日を楽しみにSTAY HOME!

episode12-6

※このコラムは2004年に発行された湘南ベルマーレクラブ10年史に「インサイドストーリー:フジタ撤退から湘南ベルマーレ蘇生までの真相(眞壁潔著)」として掲載されたものです。(EPISODEⅤ以降はすべて、もしくは一部新たに書き下ろしされています)