ボイス

2016.05.12

【ボイス:2016年5月11日】下田北斗選手

“チームスタイルの中で磨いたメンタリティー
新しい挑戦をベルマーレで”

 大学卒業後は、いくつかあったオファーの中からJ1の甲府を選び、加入した。

「大学4年はもう22歳、入ったら23歳、クラブからもある程度は即戦力という形で見られる。プラスJ1でサッカーをしてみたい、そういったことをいろいろ考えて。それと当時、城福さん(現FC東京・城福浩監督)が監督で、すごく熱心に僕のことを誘ってくれて。大学のグラウンドまで来て話をしてくれたり。練習参加もして、チームの雰囲気もアットホームな感じでやりやすかったですし、ここでサッカーをしてみたいと思って甲府に決めました」

 プロ選手になって初めて指導を受けた城福元監督の熱さは今も印象に残る。

「似てるって言っていいのかわかんないですけど、曺さんとも少し似ているような。熱いところとか。選手と一緒に戦ってくれるところとか、選手を鼓舞してくれますし、責任は俺にあるって言って。曺さんも同じことを言ってくれるんですけど、それが選手にとってはプラスに働くところはすごくあると思うし。練習参加したときに技術的な面のコーチングも面白かったですし、ここでサッカーできたら成長できるかなと思いました」

 ベルマーレと似たような環境と予算規模の甲府もまた、様々な工夫を凝らしてJ1で戦い続けている。

「大学は基本的に自分の思うようにプレーができて、やりたいようにサッカーができていた時期だと思うんです。だけど甲府は、J1の中でも予算も少ないですし、規模も大きいチームではないので、やっぱりどうしても相手主導になる展開も多くて。そういった状況で自分に何ができるのかとか、我慢したりといったメンタル的なところはすごく学べたと思う。ベテランの方が多いチームだったんで、そういった選手の日頃の行いだったり、どういうメンタリティで試合に臨むかとか。ベテランの選手たちは、サッカーの視野っていうよりものごとの考え方が違うというか。僕が一面からしか見られないとすれば、先輩たちはこっちからも見られるし、後ろからも上からもという感じで、色々な角度からものごとを見ているような方が多かったんで、そういうところを学びました。どうしても自分は攻撃したくてもどかしさを感じてしまう時期もあったんですけど、ベテランの選手は受け入れる力があったり、そういった中でどうすればいいかをすごく考えている人たちが多かったんで、すごく勉強になりました」

 攻撃的な部分が自分の特長と感じていた下田選手にとっては、難しいところもあったが、ある意味自分の力の足りなさも自覚する状況でもあった。

「チームのスタイルがあるにせよ、自分自身が飛び抜けた能力を持っていれば攻撃的なチームになった可能性もあるし、すべて周りのせいというかスタイルのせいにするのは良くないですし。もどかしさも多少ありましたけど、自分にとってはすごくいい経験だったと思います」

 プロとしての礎を築いた2年間だった。

「城福さんは1年で辞められたんですけど、2年目の方が試合は使ってもらったんで、個人的な充実は2年目の方があります。試合に出ないとわからないことや成長できることがあると、すごく思いましたし。
 練習と公式戦では、相手のプレッシャーも球際の厳しさも、スタジアムの雰囲気も味方の雰囲気も違う。練習や練習試合は、サッカーの中のプレッシャーはあるんだけど、それとはまた違ったプレッシャー、サポーターもいますし、相手のサポーターもいて、本番は当然負けちゃいけないし。お互いプロなんで勝ちにこだわって戦うし、相手も必死になるし。そういう中でいかに自分のプレーを出すかというのは、やっぱり試合に出ないとわからないから」

 2年間の経験は濃いものだったと振り返る。その土台の上に選手としての可能性をさらに広げいくための新たな成長の機会を求めてベルマーレからのオファーを受けた。

「サッカーなんで、何が良いとか悪いとかそういうのはないんですけど、より攻撃的な方が自分の特徴は出せるんじゃないかなというのはあったのと、新しいところで新しいサッカーをしてみたいという思いもあって、すごく悩んだんですけど、最終的に移籍という決断をしました」

 新しいチームで受ける刺激はまた違ったものとなるはず。今後の成長に期待がかかる。

>攻撃的な特徴をもっと生かして チームの勝利に貢献したい