ボイス

2016.07.01

【ボイス:2016年6月30日】石川俊輝選手

仲が良くてもっとも刺激的な存在たち
91年生まれの同期が一番のライバル

「悔しさが多いような、今のところの3年間というか」

 大学を卒業してベルマーレへ加入して、今季3年目を迎えた石川選手。ここまでのプロ生活を振り返ったとき、言葉として出てきたのは悔しさだった。

「大卒だから即戦力として採ってもらっていたのに、出場機会は、特に1、2年目はなかったですし。試合に出られない期間が長くて、どちらかと言うと悔しい割合の方が大きいです」

 石川選手が加入した2014シーズンは、大卒ルーキーが多く加入した。同期には、フィールドプレーヤーに菊地選手、三竿雄斗選手、ゴールキーパーに梶川裕司嗣選手がいる。その菊地、三竿両選手は、大卒ルーキーの理想的な歩みであろう、開幕スタメンを射止めて早々にJデビューを飾った。

「開幕前からなんとなくわかっていた。でも、プレーヤーとしてそれだけの選手だと思っていたので、俊介や三竿が出ることに対してはまったく不満はなかったです。そのなかで自分の力のなさを感じることが多かったですね」

 この年に加入した大卒ルーキー達は、1991年生まれ。ベルマーレには、この年に生まれた選手が多い。加入時には菊池大介選手や古林将太選手(現・名古屋グランパス)がすでに在籍していた。また、昨年は可児壮隆選手(現・ツエーゲン金沢)や日本では同学年に入る早生まれのキム・ジョンピル選手(現・チョンブリ FC)が在籍、今年は下田北斗選手が移籍加入している。この年生まれの選手たちはチームをもっともパワフルに盛り立てるグループであり、もっとも自分の力を測るのに適したライバルたちでもある。

「やかましい奴らばっかりですけど(笑)。でも、そこがまた面白いところで、俊介と三竿の活躍は刺激になります。だからこそ、自分は何をやっているんだろうという感覚にもなって、出られないときは悔しさを強く感じました」

 J2だった1年目はリーグ戦10試合カップ戦3試合、J1に上がった2年目はリーグ戦15試合カップ戦3試合に絡んだ。昨年のリーグ戦フル出場は7試合。2年間、ほぼ全試合フル出場を果たしている同期が間近に入れば、悔しさは当然だろう。

「出られないのには訳がありますし、自分自身でも俊介や亮太くんに対して劣っている部分というのはあると思ってました。
 それでも出られていないときだからこそ、練習や練習試合を大切にしようと思いました。もちろん、最初から公式戦に出られれば良いんでしょうけど、出られないことの方が多いような世界でもあるので。あの頃、いろんな選手や曺さん(曺貴裁監督)が言葉をかけてくれた。そのおかげで腐ることなく今やれているのかなと」

 ルーキーイヤー、もっとも大きな支えとなっていたのは阿部伸行選手(現・ギラヴァンツ北九州)や、当時大きな怪我を抱えていた大竹選手。プロとして苦しい思いを経験してきた選手たちからかけられた、「いつどんなタイミングでチャンスが来るかはわからない」という言葉を励みに練習や練習試合に全力を注いできた。
 また、曺監督もタイミングよく、気持ちを察する言葉をかけている。

「年に1、2回は言われるかな?っていう言葉は、『お前、楽しめてるのか?』ということ。1、2年目は年に2、3回くらい上の監督室に呼ばれて、『心から楽しめてるのか?』みたいな。その時はやっぱり出られてなくて、楽しいなんて思ってなかった。楽しいと思えるようなこともないし。そういう感情があると練習でも覇気がないというか。自分からサッカーがしたいという感覚ではなかった。練習も、自分から『やる』というより『やらされている』というような感じで」

 中でももっとも響いたのは加入して半年ほど経った頃に言われた言葉。その後も何度か監督室に行くことにはなるが、それでもこの言葉が石川選手のプロとしての姿勢を変え、今に繋がる気落ちの支えとなった。

「『たかがサッカーだろ?』と。その言葉を聞いて少し肩の荷が下りた感じがしました。まずは試合に出る出ないにばかり捉われていないで、もっと純粋にサッカーと向き合って、サッカーができる幸せを感じようと思えた。サッカーと向き合わないことこそ自分自身の甘さだと気づいたというか。そうしたら練習を無我夢中でできるようになって、練習自体もあっという間に終わった、そういった感覚を味わった時に、『これが楽しさなんだ』と思って。
 楽しいっていう表現は、ただ普通に楽しむというのと、もう一つ、真剣にプレーして結果楽しかったというのがあると思うんですけど、そっちの、真剣に無我夢中に何も考えてない状態の楽しさ、練習が終わって『あれ? もう終わりなんだ』っていう感覚、それはこれまでに持ったことがなかったですし、『これが本当の楽しさなのか』というのを感じて、自分からやってやろうというふうになりました。自分のなかでは、その言葉が大きかったかなと思います」

 メンタル面で一つ階段を上ったような成長を感じる経験となったが、その後もさほど状況が変わることはなく、状況が変わらなければ当然、心が折れそうになることは何度も経験する。
 シーズンは巡り、クラブはJ1に復帰を果たす。しかし、2年目を迎えても石川選手の状況は変わることはなかった。

「やっぱりいい選手が入ってくるし、実際、開幕当初はベンチにも入れなかった。俊介と亮太くんはもう鉄板のような感じでずっと出ていたし。自分はまだまだ技術もメンタルも足りない、このレベルじゃないんだから練習で追いつくしかないと思いながらも、試合に絡めないなかで持続することほど辛いものはない。
 そういったなかでツボさん(坪井慶介)のメンタルはすごいなと思いました。いつも絶対に手を抜かないですし、試合から外れても普段と変わらない姿勢でいますし。やっぱりどこかに悔しさとか出てもおかしくないと思いましたけど、まったくなくて。代表経験があって、(浦和)レッズで優勝争いとか色々経験している選手が、日々の練習で手を抜かず、ベンチに入らなかったとしてもやることを変えず、出たときはしっかり仕事をしてチームの勝利に貢献して。いきなり試合で出番になったとしても、いつも通りのツボさんですし。そういう選手がしっかりやっているのに自分が怠けてられないというか。ツボさん、結局今も向上心の塊ですし。身近にそういう人がいて学べるのは大きい。間違いなくいい刺激を受けます」

 昨年加入した坪井選手のサッカーに対する姿勢と日々の行動に影響を受ける選手は石川選手に限らない。皆が皆、坪井選手を手本に自分自身へ矢印を向けていく。石川選手もまた坪井選手を見習い、より厳しく自分と向き合っていった。そうして過ごすうちにようやくチャンスが巡ってきた。

「亮太くんの怪我もありましたけど。それでも、1年目はベンチに入るのがやっとという形だったので、1年目より2年目、2年目より今というように成長している実感は持てました。精神的な部分も含めて。
 1年目は、試合に出ても何もせず終わるような試合が多くて。『何かしたっけ?』みたいな。それが2年目は夏場に、例えばホームの(柏)レイソル戦(7月29日開催2ndステージ第5節)だったり、アウェイの(清水)エスパルス戦(8月12日開催2ndステージ第6節)で試合に出て勝てたのは自信になりました。精神的に成長してないと、あのピッチで自分のプレーはできなかったと思いますし。日頃の練習であれだけバチバチやっているからこそ、自分のプレーを出すことができたのかなと思いました」

 プロリーグのピッチに立つ、そのためにはそれにふさわしいメンタルが必要だと石川選手はいう。

「J1という舞台はそれだけ違うと思います。1年目は精神的にも本当に未熟で、一つのミスで動揺……動揺というか試合から消えちゃう、そういうことが多かった。一緒に出ているダブルボランチのパートナーに頼り切っていた部分があったし。2年目も、今考えると甘いところばっかりで俊や亮太くんと出ているとやっぱり二人を頼っていることが多かったですし。それでも1年目よりは自分としてはマシだったかなと」

 チャンスをつかむことによって成長するのか、成長することで試合出場の機会がつかめるのかの答えはないが、それでも歯車がかみ合って試合出場を重ねながら成長する機会を得た。

「去年から走行距離が出るようになって、眼に見える走行距離数でやっぱり頼っているのがわかるんです。一緒に組んでる亮太くんとか俊とかと、どの試合も1~1.5kmくらい違うことが多かった。間違いなく自分より多い。俊と亮太くんが組んだときはだいたい同じくらいの距離でしたし。もともとバランスを取るタイプではありますけど、もっと走らないといけないと思いました」

 迎えた3年目の今シーズンは、フル出場ばかりではないがリーグ戦は全試合に絡んでいる。

「俊と亮太くんのダブルボランチにはなかなか食い込んでいけなかったし、試合に出たときはどこか頼っていたのは間違いなかった。3年目になるというときに頼らないようにという気持ちを持とうと意識して、たまたま亮太くんの移籍もあって余計に自分自身がやらなきゃいけないという気持ちになりました。自分が試合に出て満足、じゃなくて、『どれだけチームのためにできるか?』を考えています」

 重ねてきた悔しさは、これからの成長の糧になる。今、自分自身のプレーをピッチで見せ、チームに貢献するときを迎えている。

>まず自分のプレーを100%で 結果は後から付いてくるもの