馬入日記

【馬入日記:6月4日】明日は福島開催で神戸戦。時崎コーチの故郷への想い

16sb_cost_121明日6月5日はいよいよヤマザキナビスコカップ神戸戦、福島開催当日。
福島と言えばスピベルでおなじみの猪狩佑貴、そして昨年、一昨年と期限付移籍をしていた田村翔太選手がプレーしてた地。
彼らも並々ならぬ思いで試合に臨みますが、今回は福島が故郷であり、福島ユナイテッドFC(以下、福島U)で選手から監督まで務めた時崎悠コーチのエピソードをご紹介します。

遡ること5年前、当時福島Uで選手兼コーチを務めていた時崎コーチは東日本大震災を現地で経験。
当日は普段通り練習を終え、所用のために外出していた際に震災に見舞われたと言います。
その後一度家族と大阪へ避難しますが、時崎コーチは再び福島へ。
住んでいた家は壁紙も剝がれ、さらに高い放射性物質の数値が測定されるなど、家族が戻ってきても住めない状況に。
他県が故郷の選手が多かった中で、その選手たちも再び福島には戻って来ていましたが、チームの活動ができるかどうかは不透明。
それでも少しずつ前向きに、いつかリーグ戦が再開されることを信じ自主的にトレーニングを重ねていました。

そんな中、時崎コーチは避難所を訪れ、自分に何かできることはないかと思案します。
ただ初日、2日目は何をしていいかわからず、避難所の光景を見ては帰るという日々。
そうして迎えた3日目、1人の少年が時崎コーチに声をかけます。

「お兄ちゃん、一緒にサッカーをしよう」

その一言から時崎コーチを始めとする福島Uの選手たちのサッカー教室が始まっていきます。
「俺たちにはやっぱりこれしかない」と感じたという時崎コーチ。
この日から避難所の子ども達を集め、一緒にボールを追いかける日々が始まりました。

この活動がきっかけとなり、福島Uが本格的に活動を再開させるにあたって求人票を避難所で配布したところ、1人の女性が応募に手を挙げます。
荒(あら)有加里さん。
現在も福島Uのフロントスタッフとして働く荒さんは、実は最初に時崎コーチに声をかけた少年のお母さんであり、それを機に時崎コーチとも懇意に。
「子どもにサッカーを通じて元気をくれた福島Uに恩返しをしたい」と名乗り出てくれたそう。
「僕が最初、避難所で途方に暮れている頃から難所の苦しい状況を教えてくれたのも荒さんだった」と振り返る時崎コーチ。
今でも会えば固い握手を交わすように、当時から繋がれる絆はかなり強いそうです。

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いよいよ明日となったとうスタでの試合、時崎コーチが改めて思うことは現地の子ども達です。
「自分が福島Uの監督をしていた時も、選手には『俺らのサッカーで元気や勇気を届けよう』というようなことを言っていたけど、今のベルマーレのサッカーはまさにそういう人の心を惹きつけるものがあると思う。観に来てくれた人は必ず感動してくれると思うし、やっぱり福島の子ども達にそういう経験をしてもらえることは嬉しい」

無料招待もあり多くの子ども達が来場してくれそうな明日の試合。
フロントスタッフも含めチーム一同、多くの笑顔に出会えることを楽しみにしています。