風の先の終わり 海の波の続き

2004.10.28

【風の先の終わり 海の波の続き:10月28日】続・70年目のプロ野球と12年目のJリーグ

 すみません。すっかり間が空いてしまいました。しかも、前回のラストで「この話題、次回に続けます」なんて書いておいて……。本当に申し訳ありませんでした。

 というわけで前回の続き。
 プロ野球です。合併問題です。いまや「合併」→「1リーグ制」→「新規参入」→「楽天vsライブドア」と世間の関心は移ってしまっているようですが(あげくに両IT企業の「経営者比較(プライベート含む)」にまで堕ちていってしまっているようですが)、やはり根本は「球団の経営問題」です。
 もしも近鉄バファローズが黒字球団であれば、近畿日本鉄道も近鉄球団を整理する必要はなかった、ということ。
 それはその通りです。現実だけみればそういうことになる。

 でも、球団経営が赤字になったのはいまに始まったことではありません。もうずっと以前から(もしかしたら球団創設のそのときから)プロ野球の多くのチームは赤字だった。親会社からの補填によって球団は存続してきたのです。
 それがいまになって球団を手放さなければならなくなったのは親会社である近畿日本鉄道が経営難に陥っているからです。これはバファローズをフリューゲルスに、近畿日本鉄道を佐藤工業に置きかえても同じことです。
 つまり、球団(クラブ)経営の行き詰まりではなく、親会社の経営の行き詰まりによって、合併に踏み切らざるを得なくなったわけです。
 ちなみに近鉄とオリックスの合併は日経新聞のスクープで表面化しました。フリューゲルスとマリノスの合併もやはり第一報は通信社の経済部発だったと記憶しています。
 運動部ではなく経済部。それが一連の騒動の本質を示していると思います。要するに企業に依存して球団(クラブ)が成り立っていたということ。

 すでにお察しの通り、かつてベルマーレが直面した危機も同じ構図で起きたものでした。フジタが経営難でベルマーレを手放さなければならなくなった。
 いまだから言えることですが、Jリーグはベルマーレ平塚の危機的状況をフリューゲルスより先に察知していました。クラブやフジタからはもちろん、銀行筋からも情報を得ていたようです(フリューゲルス騒動の渦中、当時のチェアマンから「フジタが危ないということはわかっていたのだけど……」というような話を伺いました。一方でフリューゲルスについては本当に「寝耳に水」だったみたいです)。

 唐突に「銀行」が登場して戸惑っている人もいるかもしれないので、簡単に説明しておきます。
 経営が破綻した企業には銀行が介入します。たくさんのお金を貸しているからです。そして最終的には銀行の管理下に入れられてしまう。
 そうなると判断基準は数字になります。当然、不採算部門は切り捨てられることになる。スリム化といっても、リストラといってもいいけど、そういうことになる。
 そうなってしまえば、いくらフジタが長年育ててきたサッカーを大事にしたいと考えても、そこに情を持ち込むことはできなくなります。当時の重松社長が腐心したのもそのあたりでした(というようなことの一端は「クラブ10年史」に書いてあります。購入済みの方は本棚へ、未購入の方は本屋へどうぞ)。
 結果的にベルマーレは親会社から切り離されはしましたが、存続することができました。しかも累積していた赤字もフジタが引き受けてくれた。そればかりか資本金も残してくれた。多くの人の尽力と、あらゆる方面の理解があってのことだったと思います。危機には直面したけれど、その点でベルマーレは幸運だったと思います。

「企業スポーツ」に話を戻せば、言うまでもなくJリーグが創設するまで日本のサッカーも企業に支えられてきました。純然たる企業スポーツだった(わざわざ「純然たる」と付けたのはJリーグになってからもフリューゲルスの例の通り、企業に依存している現実はあるからです)。
 ただし、「企業スポーツ」と一口に言ってもその形態は様々です。例えば日本リーグにおいても、三菱や古河などは福利厚生的な意味合いでサッカー部を運営していたし、日立などは広告宣伝媒体として捉えていました。また読売のように社内の事業部のひとつとして位置づけていたところもあれば、全日空のように法人として独立させていたところもありました。
 日本リーグからJリーグへの移行に際してはそれらの違いが大きな障害となりました。それはそうです。「クラブは会社の所有物じゃない」という発想に立てば、これまで福利厚生目的に人事部から出ていた予算をそのまま適用するわけにはいかなくなりますから。

 せっかくなのでこの当時の話をいくつか披瀝すれば、企業名をはずすことを最初に了承したのはトヨタだったそうです。トヨタがOKしたことによって後に続く企業(親会社)が出てきた。
 またプロ化に反対する声(当時はそういう意見の方が多かったのです)の中には「プロ野球でさえ毎年何十億円も赤字が出ているのに……」というものもあったようです。
 国民的娯楽のプロ野球でさえ、球団を経営するためには毎年何十億円もの赤字補填をしなければならないのに、満足に観客さえ集められないサッカーでプロなんて成り立つはずがないじゃないか、という意見です。極めて常識的な意見だと思います。

 常識的――つまり既存の価値観で判断すれば、ということです。
 しかし、Jリーグはこの常識を覆しました。あるいは、覆さなければならない、という強い思いから始まりました。そして、既存の常識に変わる新たな価値観として「ホームタウン」や「スポーツ文化」という発想を打ち出した。
 その意味で、Jリーグの創設は、まさしく革命的な事件だったと思います。だからこそ、既存の価値観の延長でやっていこうとした日本(経済)がバブル崩壊とともに、「失われた十年」を過ごす最中に、サッカーは急成長を遂げることができたのだとも思っています(このあたりの話は先日出版した「日韓ワールドカップの覚書」(講談社)に詳しく書いてあります。本屋へどうぞ)。

 すっかり話がそれてしまいましたが、要するにプロ野球は、Jリーグを立ち上げようとした1980年代終わりからほとんど変わっていないということです。日本でも世界でも激変する時代を尻目に、良きにつけ悪しきにつけ、古い価値観と構造を継承してきた数少ない業界だった。そして、ここへ来て大きく揺らいでいるというわけです。
 時代にそぐわなくなったものは変わらざるを得ない。そういうものだろうと思います。
 一方で、長らく続いてきたものは大切にしたい、という思いもあります。
 ただし、大切にするためには一人一人のファンが何らかの形で支える覚悟を持たなければならない。残念ながら一連の騒動を俯瞰していて、球団(機構)側にも支えてもらおうという姿勢は見られないし、野球ファンの側にも自分たちが支えるんだという当事者意識はあまり感じられない。そればかりかマスコミも含めて目先のセンセーショナルな事象にばかりとらわれているようにもみえます。
 となれば、やはり変わるしかないのでしょうね。
 そんな目線で眺めていると、一連の騒動とは直接関係がない「スカウト」や「裏金」、「オーナーの引責辞任」といったニュースがすべて見えない糸でつながっているように僕には思えてきます。「変わらなきゃ」と考えている人たちが様々な場所で一斉に蜂起している……。そんなイメージです。

 そんな僕の目下の一番の関心事は、いわゆる「プロ野球」の枠の外での動き。四国の独立リーグをはじめとする新たなムーブメントです。
 長らく日本野球界の最大の障害だった「プロアマ問題」に何らかのインパクトを与えることになるかもしれない。うまく立ち回れば日本球界の構造改革のキャスティングボードを握れるかもしれない、とさえ思っています。
 実は石毛さんはこの構想をずっと温めていました。僕も随分前に聞かされたことがある。表現は悪いですが「好機到来」というわけです。
 そんなわけで、地方発での、しかも「プロ野球」(機構)の外での動きを、僕はフォローしていこうと考えています。

 最後に蛇足ながら念のため。サッカーにおいてはこうした独立リーグは成立しません。いや、作ることは勝手だけど、そこで行なわれている競技は公式のものとはなりません。もしかすると「サッカー」と呼ぶことさえ難しいかもしれない。
 なぜなら日本において「サッカー」を運営し、管理できるのは日本サッカー協会のみだからです。逆に言えばサッカー協会が認めていない団体やチーム、選手、試合はいずれも公認されず、もしも独立リーグを発足し、そこでスーパープレーを連発しても日本代表に選ばれることはありえないということです。FIFAを頂点として確固たるヒエラルキーが成立している「サッカー」とはそういう世界でもあります。

ph_kawabataPROFILE
川端 康生 -Yasuo KAWABATA- 1965年生まれ フリーライター
最新刊に「負けずじゃけん(稚出版社)」「日韓ワールドカップの覚書(講談社)」「星屑たち(双葉社)」

COMMENT
ベルマーレとの関わりも気がつけば10年になります。びっくりですね。
あくまでも、さりげなく自然体で、なんですけどね。